70.新たな目覚め
――まさかここにメイレールがいるなんて!
コールスは驚きを隠せなかった。
無論、彼女が敵側にいる以上、ここで自分たちと対峙していることはおかしな話ではない。
――とはいえ、こうして前線に出てくることは予想していなかったけれど……
息を呑むコールスの後ろから、
「メイレール、どうしてっ!」
アナスタシアは悲痛な叫びと共にメイレールへ駆け寄ろうとする。
「だっダメだ、ナーシャ!」
少女をコールスは必死に押しとどめる。
「久しぶりだね、ナーシャ」
メイレールはわずかに口元をほころばせた。
「なんでそっちにいるの!?どうしてこんなひどいことをするの!?」
涙を零し、声を震わせるアナスタシア。
すると、女エルフは旧友を真剣な目で見つめ、こう言った。
「……それなら話してあげようか?」
「え?」
「一体この街で何が起きているのか、私たちが何をしようとしているのか」
そう話すメイレールは、いつの間にか手に石板を持っていた。
その石板には見覚えがある。
コールスたちがダンジョンで見つけ、ここまで持ってきた石板によく似ている。
アナスタシアの生みの親、アルクマールはどこへ行ったのか。その手がかりとなるあの石板とそっくりだ。
「それは!?」
思わず叫んだコールスに、メイレールは微笑むと、石板を高く掲げた。
すると、石板に刻まれた文字から紅い光がほとばしり出た。
「うわっ!」
網膜を焼かんばかりの眩い光に思わず目を瞑る。
光は一瞬で消えた。だが。
何かがコールスに倒れ掛かる感触がした。
「ナーシャ!?」
コールスは慌てて振り返ってアナスタシアを受け止めた。
「大丈夫!?」
地面に静かに横たえて呼びかけるが、少女は反応しない。
その瞳は虚ろに開かれたままだ。
「ナーシャ、ナーシャ!」
何度も呼びかけるが反応はない。
――そんな、まさかっ!
泣きそうになるコールスに、メイレールは話しかける。
「大丈夫、死んではいないよ」
「何を、何をしたんだっ!」
コールスが声を荒げると、女エルフは落ち着いた瞳で見つめながら、
「少し意識レベルを低下させたんだ。この石板から出る光は“王の器”の機能をオフにしたり、また逆に目覚めさせることができるんだ。……まぁ一種のリモコンのようなものなんだけど、と言っても君たちにはわからないかな?」
メイレールの声はあくまでも冷静だ。
――リモコン?なんのことだ?
コールスの頭は混乱していた。
だが、アナスタシアを“王の器”呼ばわりしているということは、もはや仲間とは思っていないということだろう。
――だったら、アナスタシアを助けるために、実力で言うことを聞かせるしかない!
コールスはメイレールへと脚力強化スキルで跳んで距離を詰め、鋭い爪を相手の喉元に突き付けた。
「戻せ、今すぐに!」
メイレールは冷ややかな瞳のまま見つめ返す。
「キミ、スキルを一回しか使えない呪いにかかっているんだろう?今のでスキルを使っちゃったんじゃないの?」
「!」
コールスは背筋が凍った。
確かに今のコールスはスキルの補充先であるアナスタシアが動けない以上、スキルを使い捨てするしかない。
それを気取られたくはなかったのだが……
「どうしてわかった?って顔してるけど、こっちもレベル99の鑑定スキルが使えるから分かるんだよ、ね!」
そう言いながらメイレールはコールスの襟元を掴んで引き寄せると、素早くナイフを抜いて突き立ててきた。
ギィンとナイフは弾かれる。
コールスの硬化防御スキルが発動したのだ。
コールスの防御スキルはレベル99。
例えスキルで腕力を強化していたとしても、細腕のエルフでは1ミリもコールスに傷を負わせることはできない。しかし――
「今ので、硬化防御スキルも消費してしまったようだね」
「……!」
どんなに弱い攻撃だろうと、それを受けてしまった以上、1度限りのスキルは消費されて、コールスの防御力は極端に下がってしまっている。
通常ならばアナスタシアからスキルを補充してもらえるが、彼女が意識を失っている以上それはできない!
「そう、スキルを消費するごとに君は弱くなる。そしてスキルを補充することもできずに、どんどん“裸”になっていくってわけだ。そして――」
フッとメイレールが視界から消える。
脚力強化スキルを使用して跳んだのだ。
どこに?と思う前に、弓の弦が唸る音とともに、全身に痛みが走った。
「ぐぁ!」
両手足の関節に矢が刺さっていた。
致命傷にはなっていないが、確実に関節を捕えているところを見ると、外したわけではないだろう。
一気に10本近い矢を放って、全て命中させる凄腕に、コールスは驚く。
異物が挟まった関節は動かせず、その場に膝をついて背後を振り返る。
弓を構えたメイレールはゆっくりと、矢筒から矢を取り出し、弓につがえようとしている。
「ぐ、あぁぁあああっ!!」
コールスは叫びながら、匍匐前進を始める。
――な、ナーシャは守らなければ!
数歩先に横たわっている少女の元へと必死に這っていく。
ギリギリと弓が引き絞られる音が聞こえる中。
サッと一つの影がアナスタシアを守るように降り立った。
「君は!」
コールスは息を呑んだ。
そこに立っているのはルシーラだった。
だが、先ほどまでうろたえていた少女とはまるで別人に見える。
小さな顔から表情は消え、虚ろな瞳は紅い光を放っている。
それはメイレールの石板がさっき放った光と同じ色。
――え、これって?
コールスの頭に閃きが走った。
メイレールは少し目を見開くと、ルシーラをじっと見つめた。
「まさか、この娘も“王の器”なのか?」