69.気配
「ジンクさん、気を付けてください。敵は目の前のこいつらだけじゃありません!」
コールスは地面に転がった巨人に目をやりながら、後ろへと声を掛けた。
「!?」
驚きながらもジンクはすぐに辺りに注意を向けた。
コールスの正体については特に動じることなく受け入れているようだ。
否、この戦いの場において、今何が大切かを理解しているということだろう。
コールスが獣人だろうとなんだろうと、それ自体は、今は優先順位が低いことだと判断している。
一方、ジンクの足元ではルシーラが腰を抜かしていた。
「あ、あわわわわ……」
もともと、狼姿のコールスを苦手にしているようだったし、それに加えて人型になって喋り出したのだから、それもまた無理からぬことだろう、とコールスは思った。
だが今は彼女に詳しく説明している暇はない。
「こいつらの背後にも敵が?」
というジンクの言葉にコールスは頷いた。
「はい、わずかですが、気配を感じました」
そういいながら、今度は透視のスキルを発動させてあたりの建物を見渡す。
この近くに巨人たちを遠くから監視している者たちがいるはずだ。
だが、スキルを使っても、奴らの姿は見えなかった。
――さっきは確かに、わずかながら気配が感じられたのに……
どういうことだろうか、とコールスは思案した。
今使っているのはレベル99の透視スキルだ。
しかも獣人形態でのレベル99は人間のレベル99よりも上。
ベイゲンやガドゥ、ミルティースといった、今までコールスたちの前に立ちふさがってきた者たちがレべル99のステルススキルを使えたとしても、今のコールスが見破れないはずはないのだが……
「どう?コールス」
とアナスタシアがきく。
「わからない。気配がなくなってしまったから」
コールスが首を振る。
「もう逃げちゃったのかな?」
アナスタシアも周囲を見回す。
そうするうちに、遠巻きにしていた巨人たちが再び動き始めた。
「とりあえず、こいつらを片付けよう!」
とルミナが戦闘態勢に入る。
「そうですね、今は目の前に集中しましょう」
ソフィヤも杖を構えながら、
「すみません、ジンク様。せっかく私たちを匿ってくださったのに、それを台無しにしてしまって。代表してお詫び申し上げます」
とジンクに小さく頭を下げた。
ジンクは少し黙った後、小さく息をついて答えた。
「……済んだことは仕方ありません。戦いが終わったらまた方策を考えますよ」
そして剣を再び構えると、コールスに声をかけた。
「こうなったからには、しっかりと協力してやっていきましょう」
「はい!」
そう頷いたとき、わずかに風切り音がした。
「!」
驚く間もなく、ジンクが腹に矢を受けていた。
「くっ!」
――一体、どこから!?
瞬時に神経を鋭敏にしたコールスは、フッと先ほどの気配を再び感じた。
わずかな気の揺らぎ。
コールスは反射的にそちらに手を伸ばしていた。
ザグッ!!
コールスの右手に鋭い刃の感触が食い込む。
「ぬぁああっ!!」
痛みをこらえながら、逆にその刃を掴むと、見えない相手ごと地面へと叩きつけようとするが、
「うわっ!」
透明な空間から声がして、旋風が巻き起こった。
コールスが思わず右手を広げると、見えない敵は刃を外して距離を取った。そして――
「まさか気取られるとはね。ちょっと焦ったかな」
そう言いながら姿を現したのは、長身の女。
長い髪から覗いているのは長い耳。
その姿にアナスタシアが声を震わせた。
「め、メイレール!」
ベイゲンたちよりも強力な敵が今、コールスたちの目の前に現れていた。