67.縄張り争い
「暴れているってどういうことだ?」
とジンクが聞き返すと、ルシーラは
「えぇと、あたしも直接見たわけではないんですけど」
と前置きしながら、
「帰ってきたメンバーが言うには、奴ら、“銀の鹿通り”の商店街にやってきて、スゲイルファミリーの工場で作った商品を店に置くように迫ってきたらしいんです。お店の皆さんはそれを嫌がって、うちのファミリーに助けを求めてきたんです」
そう説明すると、ジンクは舌打ちした。
「奴らめ、またか!」
「もしかして、縄張り争いってやつかい?」
とルミナが聞く。
「ええ。”銀の鹿通り”は私どもと奴らのシマとの境界に近いのでね。よく狙われるんですよ」
そしてジンクは、銀の鹿通りについて説明した。
「もともとは寂れた場所だったのですが、アイレーネさんが地元の有志に協力して、お金を出して建物を直したり、流れ者だけど腕の良い職人を住まわせたりして、発展させてきたんです」
しかし、その活気ある街を自分のものにしようと、ライバルであるスゲイルは圧力をかけるようになってきたということだ。
「これまでも向こうにちょっかいを出されてはその度に追い返してきたのです」
ジンクの言葉にルシーラは首を振る。
「でも、今日の奴らは何か違うんです!やたらと腕っぷしは強いですし、中には魔術を使うものもいて……」
その言葉に、コールスはハッとした。
――魔術?まさか!
「うん、きっとベイゲンたちが絡んでるんだよ!」
アナスタシアが頷いた。
ベイゲンのような魔術師やガドゥのような教会勢力と、スゲイルが結びついているのは今までのことで明らかだ。
今回も、ファミリーの勢力の拡大に、悪徳魔術師たちが関わっていることは間違いない。
「なるほど、さきほどのお話の中にあった連中ですね」
とジンクは頷いて立ち上がると、周りにある武器を手に取り始めた。
「ジンクさん?」
ターセンが声をかける。
「皆さんはここにいてください。私が行ってカタをつけてきます!」
「加勢しようか?」
ルミナが声を掛けるが、ジンクは首を振った。
「いえ。皆さんが今、表に姿を見せるのはまずいでしょう。それに、これはまだ私たちの問題ですからね、私たちにお任せください」
そう言いながら、いくつかの武器を装備すると、ジンクはルシーラに声を掛けた。
「よし、行くぞ!」
「は、はい!」
ルシーラは緊張した面持ちで頷き、二人は急いで部屋を出ていった。
足音が聞こえなくなると、一同は顔を見合わせた。
「あぁ言われたけど……」
「行くっきゃないよね!」
とみんなで頷いた。
「ステルススキルを使えば、スゲイルファミリーにも僕らのことがバレることはないからね」
とコールス。
ジンクたちにはまだ、コールスがステルススキルを使えることを話していない。
だから、敵の前にコールスたちが姿を晒させたくないという思いがあるのだろうが、その心配は無用だ。
「それにベイゲンたちが来ているとしたら、奴らの暴走を止めないと!」
とアナスタシアが言う。確かに、街中で魔術を使われては厄介だろう。
「そうですね、ジンクさんの実力がどれほどかは分かりませんけど、きっとお手伝いできることがありますよね!」
ソフィヤはそう言って小さな拳をぎゅっと握った。
「よし!じゃあ行こうか!」
そう言ってコールスはアナスタシア、ルミナ、ソフィヤ、ターセンを背中に乗せると、アナスタシアからもらったステルススキルを発動させて、透明になった。
そっと外に出ると、ジンクと、ルシーラをはじめとする部下たちが馬に乗って駆けていくところだった。
コールスたちはその後をつけることにした。
* * *
10分後。
一行は、“銀の鹿通り”に到着した。
既に通りの店のいくつかは破壊されて火の手が上がっている。
避難して人気の絶えた店先には、幾人かの男たちがいる。
男たちの姿を認めると、ジンクは唸るように声を上げた。
「何してんだ、てめぇら!!!」
その声に男たちは振り返った。
スゲイルファミリーの者なのだろうか、奴らは一様にニヤニヤと薄気味の悪い笑みを浮かべている。
「てめぇら、覚悟はできてんだろうなぁ!」
ジンクが馬に乗ったまま背負った曲刀を抜くと、敵の男の一人がゆっくりと近づいてきた。
男は黙ったまま、ポケットから何かを取り出した。
それは緑色の液体が入った小瓶。
「あれは、何だ?」
コールスは鑑定スキルで素早く小瓶を鑑定する。
そして、その結果に驚いた。
小瓶の中身には、あの魔草の成分が含まれていたからだ。
しかも、元の魔草よりも数千倍も濃縮されて、桁外れに強い魔力を秘めている。
――まさか!
と思う間もなく、男は小瓶の中身を飲み干した。
「……ウ、グオオオオオオオ!!」
すると見る間に男の身体は膨らみ始めた。
服を裂いて筋肉は急激に盛り上がり、巨大化した足は、その重みで石畳を割った。
「こ、こいつ!」
息を呑むジンクたちの目の前に、緑色の巨人が姿を現していた!