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60.もふもふと夜の風

「な、なんだこいつはっ!」


 突然現れた狼に、自らをログジュと名乗った男は警戒した声を上げた。


 コールスが低く唸りながら距離を詰めようとすると、


「くっ!」


 ログジュは腰の剣の柄に手をかける。


 コールスも殺気を前面に出して対抗する。


「ちょっと待って!」


 追いついてきたアナスタシアが止めに入る。


「あぁ?」


「この子に何をするつもりなの?」


 アナスタシアが凛とした瞳で睨むと、ログジュは口の端をゆがめた。


「何をするだと?ヘッ、ぶつかってきたのはその小娘のほうじゃねぇか!無作法なガキに仕置きをしてやろうってんだ、邪魔すんじゃねぇ!」


 そうこうするうちに、ソフィヤたちもやってきてルシーラを守ろうとする。


「フン、ガキどもがわらわらと。てめぇらまとめて相手してやろうか!?」


「ま、待ってください!」


 一触即発の事態に慌てたルシーラが両者の間に割って入ろうとしたとき、

「何事だ、ルシーラ!?」


 物音を聞きつけて一人の男が駆けてきた。


「ジンクさん!」


 やってきたジンクは、ログジュの顔を見るとすばやく駆け寄り、途中でルシーラをむんずと掴むと、彼女の頭をぴたりと床につけた。


「ログジュさん、すみません!うちのルシーラがご迷惑をおかけしました!」


 そう言いながら彼自身も跪いて、土下座をしている。


「何だ、なんだ!?」

 いつの間にか他にもファミリーの連中が現れて、ログジュとジンクを遠巻きに眺めている。


 ギャラリーがざわつき始めたのを見たログジュは、


「ちっ!」


 と舌打ちをすると、踵を返して大股で去っていった。


 

 その姿が見えなくなると、ジンクは小さく息をついてから、


「この馬鹿野郎っ!!」


 とルシーラの頭に拳骨を喰らわせた。


「いだっ!!」


「何してんだ、てめぇは!ろくに仕事も出来ねぇ上に、皆様にご迷惑をおかけするなんざ、どういうつもりだっ!!」


「あ、待ってください!ルシーラが悪いわけじゃないの!」

 とアナスタシアが庇おうとする。


 コールスもぶんぶんと首を縦に振って擁護する。


――僕が勝手に見つめていたのが悪いんだ!!


 ソフィヤも


「どうやら、このコールスが怖くて飛び出したところに、あの方とぶつかってしまったようなのです」


と説明した。


「あのログジュって男、何者なんだい?そんなにビビる相手には見えなかったけど」


 ルミナがそう言ってログジュの去ったほうに視線を投げる。


「ログジュ・ベクナンさん、このファミリーのナンバー2ですよ」


 ルシーラはジンクに頭を下げた。


「申し訳ありません、ジンクさん!あたしがログジュ様に目を付けられちゃたら、ジンクさんにも迷惑が――」


 すると、ジンクはフンと鼻を鳴らして、ルシーラのこめかみを梅干しグリグリした。


「いだだだだ!!」

「今更何言ってんだ、トンマが!てめぇを拾ったときからこっちは迷惑かかりっぱなしだっての!」


 そう言って笑うと、ジンクは立ち上がって背を向けた。


「ジンクさん……」


「いいからてめぇは自分の仕事に集中しろ!ログジュさんのことは俺がなんとかする」


 立ち去っていく背中を見ながら、ターセンは


「なんだか頼れる感じがしますね」


と言った。その視線には、どこか羨望のまなざしが籠っているように見える。


「仮にも公爵様になろうってやつがマフィアに憧れちゃダメだろ……」


 ルミナが突っ込む。


「いえ、本当にあたしにはもったいないくらいの兄貴分です」


とルシーラはしみじみと見送っていたが、ハッとした表情になり立ち上がった。


「ご、ごめんなさい!お食事まだでしたよね!」


 アナスタシアも頷いた。


「ホントだ、冷めないうちに食べよう、食べよう!」



*        *         *



 そうして一同は食事をして湯浴みを済ませると、眠りについた。


 コールスもまた、腹が満たされて満足の心地だった。


「……いやぁ、ドッグフードも意外とイケるな」


 とコールスは呟いた。


 いつもはアナスタシアたちと一緒の内容の食事をとっていたが、ここでは狼の姿で認識されているために、ドッグフードを用意されていた。


 実を言えば本格的な犬用食事をとるのは初めてであり、果たして自分の口に合うかどうか、本当のところ怖かった。


 だが食べてみると意外と豊かな味わいで、気が付けば食器を空にしていた。


「この姿だと、舌も動物に近くなるのかな……?」


 そんなことを思いながらうつらうつらとしていると、


 ふいに、鼻腔を香水の匂いがくすぐり、一気に眼が覚めた。


「これは……!」


 どこかで嗅いだ匂いだが――


「思い出した、これはあの僧侶の、ガドゥがつけていた香水だ!」


 とすれば奴がこの近くにいる、ということか。


 一体何のために?


――まさか、ここにターセンがいることがバレたのか?


 最悪の想像が脳裏をよぎり、思わず背筋が凍りそうになる。


「いや、そうと決まったわけじゃない。とにかく確かめないと!」


 コールスはベッドで眠っているターセンの方を見る。


 ぐっすりと眠っている少年を起こすのは早計だろう。


 ここは少ない人数で行動するべきか。


 コールスは同じ部屋で眠っているターセンを起こさないようにしながら、隣の女子部屋の扉をそっと開けた。


――とにかく、アナスタシアは連れていこう

 と思ったからだ。


――どんなときでも、アナスタシアの傍にいる


 ということは、コールスとアナスタシアの間での優先事項となっている。


 アナスタシアを守る、ということは、コールスが固く誓ったことだし、何より数々の苦難を乗り切ってきた秘訣は、二人のスキルのコンビネーションにあるからだ。

 


アナスタシアの枕元に近づき、すぅすぅと寝息を立てている少女に、


“起きて、起きて、ナーシャ!”


 と念話を送ると、アナスタシアは「うーん」と言って眉根を寄せる。


“お願いだから、起きて!”


 さっきよりも出力高めで念を送りながら、実際に耳もとでも囁く。


 アナスタシアは案外と寝坊助で、眠っているときは、念話にせよ声にせよかなりの近距離から送らないと起きてくれない。


 だからこそ、こうして部屋に入って起こそうとしているのだが、


「こーるしゅ?」


 目を閉じたまま答えるアナスタシアに、呼びかける。


「ごめん、君の力が必要なんだ!」


 するとアナスタシアは、にへぇっと笑って


「こーるしゅ、しゅきぃ……」


と呟き、コールスの頭に抱き着いてきた!


「!!」


「もふもふ~!あったか~い~」


 そう言いながら頬を摺り寄せる少女に、コールスは顔が赤くなるのを感じる。


「ちょ、ちょっと寝ぼけてないで――」


 良い香りがふわっと鼻先を撫でる。


 柔らかくしっとりとした肌の感触が寝間着越しに伝わって、思わず鼓動が高くなる。


「な、ナーシャ……」


 甘美な空気の中に没入してしまいそうになる意識を押しとどめながら呼びかけると、


「……?」


 ようやくアナスタシアは薄目をあけた。


「……ひゃ!」


 少女は驚いて、ベッドの上で小さく跳び上がった。


「ごご、ごめんなさい!」


 そう言って、羞恥心からか、アナスタシアはシーツに包まって縮こまる。


 髪の間から除く少女の耳が、真っ赤になっているのを見ながら、コールスも


「ううん、こっちこそ急にごめん!でも一緒に来てもらいたくて」


 と弁解する。


「……分かった、すぐ行こう」

 そう言って、アナスタシアは枕元の上着を羽織り、ブーツを履くと立ち上がった。


 窓をそっと開けて、不可視化スキルで姿を隠すと、そっと建物の外に出た。


 アナスタシアを背中に乗せて、ひんやりとした夜気の中、香水の匂いを辿って歩く。


「あれだ!」


 やがて20歩ほど先を歩く人影を見つけた。


 黒い頭巾とローブを身に着け、ランプを持たせた従者を一人連れている。


 変装はしているが、背格好や歩き方を見て間違いなくガドゥだと分かった。


「どこに行くんだろう?」


 やがて、ガドゥは街の門まで来た。


「まさか、外に出るの?」


 どうやらそのまさからしく、ガドゥは兵士と話をしている。そして静かに門扉が開くと、その背中が夜闇のほうへと歩いていく。


 コールスはアナスタシアを乗せて扉が閉まる前に、一気に門をくぐった。


「ん?」


 急に巻き起こった風に兵士は怪訝な表情を浮かべるが、コールスたちに気づくことはない。


 ガドゥは門の近くに止めてあった馬車に乗ると、従者に手綱を任せて馬車を走らせた。


「追いかけるからしっかり掴まっててね!」


 とコールスはアナスタシアに呼びかけて走り出した。


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