59.ルシーラの謎
――ルシーラって女の子だったのか……
コールスたちの石板をひったくろうとしていた姿を見て、てっきり少年だと思っていた。
「あの、アナスタシア様……先ほどは大変失礼いたしました!」
ルシーラは腰を90度に折って深く頭を下げた。
アナスタシアは笑って手を振った。
「ううん、もう気にしてないよ」
「本当に申し訳ありませんでした!お詫びとして、皆さまのお世話をすることになりましたので、どうぞよろしくお願いいたします」
ルシーラはそう言ってもう一度頭を下げた。
「そうなんだ、よろしくね!」
「よろしくお願いします」
ソフィヤたちもルシーラに挨拶した。
ルシーラとの出遭いについては、ソフィヤたちにも話してあった。
部屋のテーブルに配膳が終わると、使用人たちは退室していく。ルシーラがそれに続こうとするのを、アナスタシアは、
「あ!ちょっと待って、ルシーラ」
と呼び止めた。
「え!は、はい……」
ビクッと震えて少女は立ち止まった。
アナスタシアは荷物の中から石板を取り出すと、それをルシーラの方に差し出した。
石板はあの時と同じように、淡い光を放っている。
「この石板について、あなたは何か知っているの?」
とルシーラにたずねると、
「ご、ごめんなさい!本当に……」
盗もうとしたことを咎められると思ったのだろう、ルシーラは顔を覆って今にも泣きだしそうになる。
「ごめん、別に怒ったりするつもりはないの!でも、これをあなたは価値のあるものだと思ったんだよね?なら、この石板について何か知ってるんじゃないかと思って」
アナスタシアは慌ててそう説明する。
「ほ、本当に怒ったりしませんか?……」
ルシーラは瞳を潤ませながら、恐る恐るといった風で聞いてくる。
「そんなことしないよ。だから、あなたが知っていることをなんでもいいから話してほしいの」
アナスタシアが優しく諭すと、ルシーラは少しの間沈黙した後に話し始めた。
「……正直に言うと、その石板が何なのか、あたしも知らないんです。おかしいですよね、じゃあ何で盗もうとしたのか、って思いますよね……」
ルシーラは目を伏せて、視線を床に這わせるようにしながら話を続ける。
「あのとき、あたしはジンクさんの指示で、食い逃げ犯を追いかけてたんです。あたしたちアイレーネファミリーは、この辺りのお店から警備とかを頼まれているんです。
さっきも、街のパトロール中にあるお店から助けを求められたので、犯人を探し回ってたんです。
そのときふと、何か心に呼びかけられた気がして……」
「呼びかけられる?」
「はい。はっきりと声が聞こえたわけじゃないんですけど、何だか誰かに呼ばれた気がして。で、振り返るとアナスタシアさんがその石板を取り出しているところを見たんです
それを見た瞬間、何だか急に頭がぼうっとして……えっと、気が付いたら石板を手にしていたんです」
ルシーラの言葉に、ルミナが思わず失笑した。
「へっ、その言い訳は随分とまぁ……」
ルシーラは「うぅ」と蚊の鳴くような声を出した。
「分かっています!下手な言い訳ですよね、自分でもそう思いますし、ジンクさんたちにも信じてもらえなかったし……
実際、ファミリーに拾われるまでは悪いこともやってましたから。
でも!このファミリーに入ってからは一度も盗みなんてしてなかったんです!
だから、その時も自分がやってしまったことが信じられなくて。
アナスタシア様に返すように言われても、どうしていいかわからなくて……」
そう言ってルシーラは俯いている。
“どう思う?”
とアナスタシアはコールスに念話で問いかけてきた。
“嘘ではないと思うよ。ストリートで育った子なら、こういうとき、もっと上手い言い訳をするだろうからね”
そう答えながら、コールスはルシーラをじっと見つめた。
――石板を目にした瞬間に意識を失う、とは……?
やはり、石板が彼女に何か影響を与えたのだろうか?
そう考えていると、視線を感じ取ったのか、ルシーラは狼姿のコールスに怯えたように後ずさりし始めた。
そして、この狼に食べられるとでも勘違いしたのか、
「う、ご、ごめんなさいっ!」
パッと身を翻すと、部屋を飛び出した。
「あ、ちょっと!」
アナスタシアが声を掛けるのにも構わず、足音が遠ざかっていく。
すると、廊下の方で
「きゃあぁ!」
とルシーラの悲鳴が上がった。
「ルシーラ!!」
コールスたちは部屋の外へ駆け出す。
廊下では、ルシーラが尻もちをついていた。
「フン、誰かと思えば、ジンクのところの子ネズミか」
ルシーラの前に立っているのは大柄の男だ。
男は無精ひげの口元を歪めて歯をむき出しにすると、
「へっ、このログジュ様に可愛がってもらいたくてぶつかってきたのか?だったら――」
そう言って男はルシーラに掴みかかろうとする。
――危ない!
コールスは素早く駆け寄ると、ルシーラを守るように男の前に立ちはだかった。