55.手紙の真贋
槍を突き付けられたターセンは青ざめた顔をしている。
「ちょっと待ってください、ガドゥさま、彼は嘘などついていません!」
とソフィヤはその場に現れた僧侶に訴えた。
するとその僧侶はため息をついて、
「ソフィヤどの、先ほども申しましたでしょう、この者がビクセン=ヴィルネイス様の息子などであるはずがない!あなたもまた騙されているのです」
と答えた。
どうやらこのガドゥという男が、先ほどソフィヤたちを追い返したらしい。
「ターセンがウソをついているという証拠はあるのですか?」
とソフィヤが言うと、ガドゥはフンと鼻を鳴らした。
「証拠も何も、あの手紙の署名は偽物ですよ。
私は王都にいたときに、ビクセン様からのご寄進を何度も受け付けたことがございますからな。
ビクセン様の署名だって存じておりますから、本物かどうかすぐわかります。
まぁ、あんなデタラメな筆跡なら誰だって見破れるでしょうがねぇ!」
「そんな……!」
ソフィヤは途端に声を震わせる。
「だ……だったら、ターセンも知らずに騙されているかもしれないじゃない!?いきなり決めつけて捕まえることないでしょ!」
アナスタシアが反論すると、男は可笑しそうに大きな腹を揺すった。
「えぇ、そうかもしれませんねぇ。だからこそ、しっかりと捕まえてじっくりと調べなければならないんですよ……ではこの少年を連れて行ってください」
ガドゥが騎士たちに声を掛ける。
「ちょっと待ちなよ!そんな横暴――」
ルミナが引き留めようとすると、騎士たちは少女たちに槍を向けてきた。
「!」
「これ以上我々に歯向かうなら、お前たちも容赦しないぞ!」
騎士の一人はそう言って脅してくる。
ガドゥもまたそれに同調して、こちらをギロリと睨んできた。
「左様。まだこの少年の肩を持つのでしたら、このガドゥ、例えソフィヤどのでも庇うことはできませんぞ!」
「う……」
ソフィヤは怯みながらも、じっとガドゥの瞳を見返している。
すると、ターセンが口を開いた。
「もう結構です、ソフィヤ様。俺は大人しく従いますから」
ターセンは穏やかに微笑んだ。
「ここまで連れてきてもらってありがとうございました。後は自分でなんとかしますから」
「なんとかって言っても……!」
「大丈夫です、俺も男です!自分の濡れ衣は自分で晴らします!」
そう言って10歳の少年は胸を張ると、騎士たちに囲まれて連行されていく。
“どうしよう、コールス!”
アナスタシアは念話でコールスに助けを求めて来た。
“とりあえず、この場では一旦、彼らに従おう”
とコールスはアナスタシアたちに念話で返した。
“ボクの『不可視化』スキルを使えば、拘禁場所まで潜入してターセンを救い出すことはできるはずだ”
“なるほど!”
“そっか、その手があったね!”
とアナスタシアとルミナは、コールスの意見に頷いた。
“分かりました、私も皆さんに従います”
ソフィヤも同意してくれた。
“ありがとう。じゃあ、『善は急げ』だ。ここからいったん離れて、詰め所に先回りしよう。恐らく、そこにターセンが連れて来られるはずだから”
“なら、アタシが案内するよ。場所は分かるから”
とルミナが言ってくれた。
数分後。
コールスたちは騎士たちの眼をくらますため、少しだけ遠回りをしながら詰め所の近くに来ていた。
狼の脚力ならば、人間たちよりも早くここにくることは難しいことではなかった。
ルミナたちを乗せてここまで駆けてきたコールスは、物陰に入って獣人形態になると、“不可視化”(Lv.99)を発動させた。
そして、完全に姿が見えなくなった一行は、堂々と詰め所の正面玄関から中に入った。
間もなく、騎士たちに連行されてターセンがやってきた。
足音高く奥へと向かっていく騎士たちの後を、こっそりと追いかけていく。
「うぅ……なんだかいけないことをしている気分になりますね」
とソフィヤがか細い声を出す。
「気分、じゃなくて、実際いけないことだからねぇ」
とルミナが悪戯っぽく笑うと、ソフィヤは「う」と小さく鳴いて
「あぁ、神よお許しくださぃ……」
杖を握りしめて祈りを捧げた。
捕えた者たちを閉じ込めておく牢は、詰め所の地下にあった。
「大人しくしているんだぞ」
騎士たちはそう言うと、ターセンを牢に残して出ていった。
彼らの姿が見えなくなると、コールスたちは牢に近づいて不可視化スキルを解除した。
「おーい、助けに来たよ~」
アナスタシアが声を掛けると、少年は驚いて目を見開いた。
「皆さん!どうやってここへ!?」
「話はあとです。とにかく脱出しましょう」
「よし、ここは任せて!」
ルミナはそう言うと、針金を牢の鍵穴に入れていじりはじめた。
「でも、こんなことをしたらソフィヤ様たちだってただではすみませんよ!?」
ターセンの言葉にソフィヤは首を振った。
「このままあなたを見捨てることの方が私には辛いのです」
「そうそう。脅されたまま黙っているなんてアタシも癪だからね」
鍵をいじりながら、ルミナはニッと笑う。
「うん!それにコールスがいてくれれば、百人力だもん、きっと大丈夫だよ!」
とアナスタシアはコールスに笑いかけた。
「そういえば、そちらの獣人の方は……」
ターセンに視線を向けられて、コールスは頭を掻いた。
「あ、えっと、コールスです。この姿で会うのは初めてだけど……」
「え、え!?あの狼はあなただったんですか?」
とターセンは驚いている。
「うん、なかなか正体を明かす暇がなくてね。ごめん」
「よし、開いたよ!」
ルミナが鮮やかに錠前破りをすると、
「じゃあ、ここから抜け出そう!」
コールスたちはターセンを連れて地上へと向かった。
再び“不可視化”スキルを使って、詰め所の廊下を何食わぬ顔で歩いていく。
すると、ある部屋から聞いたことのある声が聞こえてきた。
「これ、さっきのガドゥって人じゃない?」
アナスタシアの言葉に一同は頷く。
そっと足音を忍ばせながら、部屋に近づき、“透視”スキルで中の様子を伺った。
広い室内の中で、男は大きな机の前に座っている。
机の上には、水晶玉が一つ乗っており、ガドゥはそれを見つめている。
「何してるんだろ?」
アナスタシアの疑問に、ソフィヤが答える。
「あの玉を通じて、別の場所の人と話をしているのでしょう。法術のなかにそうした技術がありますから」
実際、その水晶玉の中には誰かの姿が映っていて、ガドゥはその人物と話しているようだ。
「えぇ、はい。いや、私も驚きました。ヴィルネイス家の噂は耳にしていたのですが、まさか本当に隠し子がいるとは!えぇ、ここに手紙もございます。間違いございません」
そう言って、ガドゥは手に一枚の紙を掲げた。
――あれは!
コールスたちは驚いた。その紙は間違いなく、ビクセン=ヴィルネイスからの手紙だ。
ということは、やはりターセンは彼の子どもで間違いないのだ。
では、なぜさっきガドゥは嘘をついたのだろうか?
コールスたちは耳を澄ませた。