52.ルシーラとジンク
「ちょっと、待ちなさい!!」
アナスタシアが大声で石板のひったくり犯に呼びかける。
だが、相手はそんなことで止まるはずもなく、人ごみを潜り抜けながら逃げていく。
「らちが明かないな。ナーシャ、しっかり掴まってて!」
「え?うん!」
背中の毛がぎゅっと掴まれたのを確かめると、コールスは足に力をためて、一気に跳び上がった。
そして、数メートルほど上空へと舞い上がると、近くに有った露店のテントの上へと降り立ち、テントの天幕の反動を利用して、さらに跳び上がった。
眼下には、驚いているひったくりの子供の顔が見える。
その子供の行く手を遮るように降り立つと、アナスタシアは
「さぁ、返してちょうだい!!」
と手を伸ばした。
「……!」
周りを囲むようにできた人だかりの中、相手はアナスタシアを睨みながら石板を抱えている。
その腕の中で、石板は光を放ち続けている。
――あれ?若干さっきよりも光が強くなっているような気が……
コールスは驚きながらそれを見つめていたが、
「お?ルシーラ、どうした?」
と周囲の人だかりの中から声がした。
そちらに目をむけると、一人の長身の男が人垣の中から現れ、こちらに歩いてくる。
「ジ、ジンクさん……!」
ルシーラと呼ばれた子供はそう叫ぶと、男の姿に怯えた様子で震えだした。
ジンクは笑顔のまま、子どもに近づいていく。
「お前、食い逃げ犯を追いかけてるはずじゃなかったか?もう捕まえたのか?」
「あ、あの……」
視線をさまよわせながらガタガタと震え始めたルシーラをじっと見つめたあと。
ジンクはパッと石板を取り上げて、
「すまなかったね、お嬢さん。はい、これ」
とアナスタシアに渡してくれた。
「あ、ありがとうございます」
恐る恐るアナスタシアが受け取ると、ジンクはにこやかに笑いながら、
「うちの若いのが迷惑をかけてすまなかったね。いや、それにしても――」
と、今度はコールスに目線を合わせた。
「いい狼だねぇ!さっきの身のこなしも、見ていて惚れ惚れするほどだったよ。ぜひウチの用心棒に欲しいくらいだ」
そう言ってワシャワシャとコールスの頭を撫でる。
――な、なんだこの人!?
初対面から唐突に距離を詰めてくる感じにコールスは戸惑ってしまった。
「あの、あなた方は一体――」
アナスタシアがたずねると、ジンクは「あぁ、これは失礼」と襟を正した。
「ジンク・オリスティといいます。こっちはルシーラ。今は、アイレーネさんのところで世話になってる者です」
「アイレーネさん?」
「えぇ。この辺りの店はみんなアイレーネ・トーナーの庇護の下に有るんでね。
……あぁそうだ!お詫びと言ってはなんですが、これからファミリーの本部にあなたをご案内したいのですが。今なら、アイレーネさんもいらっしゃると思いますし」
そういってジンクは腕を広げた。
その傷だらけの大きな手を見て、アナスタシアは
「ど、どうしよう……」
とコールスに視線を送って助け船を求めてきた。
このジンクという男の口ぶりや派手な風貌から推測すると、そのアイレーネという人物はこの辺りを取りしきる、いわば“裏社会”の人間らしい。
――果たしてこのまま信用してもいいのだろうか?
とコールスが思っていると、
「いや、きっと歓迎されますよ!
アイレーネさんは珍しい方が大好きでしてねぇ。
……そうそう、それこそこの間も、それと似たような石板を持った方が来てましたよ。……確か名前は、スミーリャとかいったかな?」
「え!?」
コールスとアナスタシアは驚いて顔を見合わせた。
スミーリャ、その人物を追いかけて2人は旅をしてきたのだ。
まさかここでその名前を聞くとは!
コールスは知らず興奮が湧き上がってくるのを感じていた。