5.アナスタシア
モンスターの唸り声はさっきより近づいている。
(早く身を隠さないと!)
そう思ったコールスは少女に手を差し伸べた。
「と、とにかくここから離れましょう!モンスターが来てます!」
この女の子は、どうして宝箱の中にいたのか。
いつからここにいるのか。
ほかの仲間はどうしたのか。
謎ばかりが頭に浮かんでくる。
だが、コールスの中で確信できていることは一つあった。
それは、彼女をこのまま一人で放っておくわけにはいかない、ということ。
「え?あ、ええ!」
意識がはっきりしてきたらしい少女は、コールスの手を取って宝箱の中から出ようとする。
でも、よく見ると彼女は裸足のままだった。
これでは瓦礫ばかりの地面を歩かせられない。
「あ、待ってください!身体を横向きにしてもらえますか?」
「こう?」
「そうです!……それじゃ、っしょと」
コールスはお姫様抱っこで少女を持ち上げた。
すると、彼女が「きゃっ!」と声を上げた。
「すみません!どこか痛みましたか?」
と聞くと、少女は首を横に振った。
「ううん、全然!あなたが力持ちだから驚いただけ」
「そ、そうですか?全然軽いですよ?」
実際、コールスにとっては、普段担いでいる、というかパーティメンバーに担がされている荷物から比べたら、なんてことのない重さだった。
「ホント?フフッ、嬉しい!」
少女は白い頬を微かに赤くして笑った。
(か、可愛い!)
コールスもまた、少しだけ胸を高鳴らせてしまっていた。
ズン、ズンと地響きが聞こえてくる。
「っと、呑気に話している場合じゃない!」
急いで隠れられそうな場所を探す。
少し離れた所で、倒れた岩槍が幾つも折り重なっている。
コールスは小走りで駆けると、少女を抱えたまま、岩と岩の隙間に潜り込んだ。
幸い、中は2人が入るには十分な空間だったし、地面も細かい砂に覆われていた。
「降ろしますよ?」
と断って砂地に降ろすと、すぐに外の様子をうかがう。
ちょうど、岩の林の陰からモンスターが現れるところだった。
「あれは……!」
現れたのはギガントウォーリア。
このダンジョンだと、だいぶ下の階層に生息している奴だ。
「ということは……」
かなり下まで落ちてきてしまっている、ということか。
コールスは改めて、厳しい現実を突きつけられた思いがした。
「あの、これからどうするんですか?」
と少女が聞いてきた。
別に責めているわけでもなんでもない、純粋に疑問を呈している、という感じの素朴な声。
「……とりあえず、様子を見ます。そのあと隙を見ながら気づかれないように移動しようと思うんです……すみません、実は僕、戦闘スキルを持ってないから」
申し訳ない、と頭を下げるコールス。
しかし、少女は微笑んでこう言った。
「だったら、私があなたのお手伝い、できると思うわ!」
「え?」
驚くコールス。
少女が祈るような仕草をすると、彼女を包むように、球状の光が現れた。
そこに表示されているのは、幾百ものスキル画面。
コールスは目を見張った。
「あなたは、一体……」
少女は静かに言った。
「私は、アナスタシア。“移木”のアナスタシアといいます。
ここにあるスキルを、あなたに移してあげられますよ。
お望みのスキルはどれですか?」