49.商都パワール
「それにしても、ごっつい矢だなぁ」
魔術師たちが逃げて行ったあと、コールスは地面に刺さった矢を引っこ抜いた。
「どこから飛んできたんだろうね?」
とアナスタシアが首を傾げる。
コールスが事前に気づけなかった、つまり、領域探知スキルには引っかかっていなかったということは、相当遠いところからだろう。
――他にも奴らの仲間が、手ごわい敵がいるということか……
次々と強敵が湧き出てくる様子に、コールスはため息をついた。
「ともかく、立ち止まってはいられない。ミルティースたちを追わないと」
「どこに行ったのかなぁ?」
アナスタシアの疑問に、
「わからないけど、とりあえず当初の目的どおり、交易の都パワールを目指そう。そこでなら何か情報が得られるかもしれない」
とコールスは答えた。
この旅ではまず、パワールでスミーリャを探すことを目指していた。
スミーリャに遺跡で見つけた石板の謎を解いてもらうために。
この上、さらに探し人が増えるのは大変だが、やるしかないだろう。
「とにかく、まずはお手当をしましょう!」
ソフィヤの掛け声で、コールスたちはけが人の救護や後片付けに追われた。
建物の被害は大きかったが、タクトスたちの避難誘導が巧みだったため、犠牲者がいなかったことは不幸中の幸いだった。
それから2日ほどは、伯爵への報告や旅支度で時間が過ぎた。
再び奴らが襲ってこないか警戒のために周辺を調べてみたが、特にその様子はなかった。
そして、コールスとアナスタシアは旅立つことにした。
今回からは、ルミナに加えて、ソフィヤも同行することになった。
レオネアのインチキが明らかになり、とりあえず今は、ソフィヤが“聖女”の役割を担っているが、これはあくまで「仮」の状態であり、正式には、より上の立場から認めてもらわなくてはならない。
そのため、王都にあるフォルラー教の大教会に報告して判断を仰いだところ、まずはソフィヤ自身が王都まで来るように、と言われたのだった。
王都までの道のりの途中にパワールがあることから、それなら一緒に行こう、となったわけである。
「すみません、ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします!」
とソフィヤは頭を下げた。
「あ、いやこちらこそ」
とコールスも応える。
「どんどん道連れが増えてくねぇ」
ルミナが呟く。
「いや、そもそもなんでお前がついて行くんだ?」
とタクトスが突っ込みを入れる。
本来、ルミナはまだ謹慎の身のままだ。
ひとまず戦いが終わった以上、タクトスは彼女を連れ帰りたかったが、
「まだまだ!ミルティースの野郎の首根っこを捕まえない限り、アタシも帰るつもりはないよ!」
とルミナの意志は固かった。
ディークソン伯爵に判断を仰いだところ、コールスたちがしっかり監視してくれれば、旅を許可するとのことだった。
「ハァ、ったく……いいか?あくまでも伯爵様のご厚意、温情のもとで許されているだけなんだからな、くれぐれも慎みをもって行動するんだぞ?」
タクトスが念を押すように言うと、ルミナはひらひらと手を振った。
「はいはい、わかってますよ!……さぁ、行くよ!」
と言って馬にひらりと跨る。
「大丈夫かなぁ?」
と呟くコールスの背中でアナスタシアが笑う。
「ふふっ、皆で協力していこうね、ソフィヤ?」
「あ、はい!頑張ります!」
アナスタシアの後ろで、ソフィヤは小さな手をぎゅっと握って決意を示した。
今、コールスは狼の形態をしている。
獣人形態として覚醒したあと、コールスは他にどんな風に変身できるか試したところ、こうして四本足形態にもなれることが分かったのだ。
小柄であれば2人くらいは乗れる、ということで専用の鞍をコールス自らが作って少女たちを乗せていくことになった。
「よし、じゃあ行こう!皆さん、お世話になりました!」
アナスタシアたちが手を振ると、
「元気でね~!」
「ソフィヤ様、お気をつけて~」
教会の関係者や街の人たちが手を振って見送ってくれた。
それからは1週間ほどの道のりだったが、何事もなく過ぎた。
そして。
「ここが、商都パワール……」
「綺麗~!」
アナスタシアたちは感嘆の声を上げた。
パワールは大きくうねる二つの河が合流する地点にあり、街を守る防壁や建物が川面に映える美しい街だ。
川に掛かる橋の前には検問所があり、その近くの草原は検問を待つ旅人たちでごった返していた。
コールスはアナスタシアを乗せたまま、集団へと近づいていった。
「お店がたくさんありますねぇ」
とソフィヤは目を輝かせる。
検問待ちの旅人を相手にするため、あちこちに露店が並んでいるのだ。
「検問まではまだ時間があるし、ちょっと覗いてみない?」
とルミナが提案したとき、
「こぉんの、クソガキぃ!」
と怒号が聞こえた。
そちらを見ると、ひとりの少年が、男に追いかけられている。
ひどく汚れた格好の少年は、コールスたちの姿を認めると、一目散に駆け寄ってきた。
「え、え?」
と戸惑う間もなく、少年は駆け寄ってくると、地面に伏して
「お助けください、修道女さま!」
と言った。
「ふぇ?わ、私ですか?」
ソフィヤが答える間もなく、少年を追って男がやってきた。
「くそっ、この野郎が!」
男は手に持った棒を少年目掛けて振り下ろすが、
ガチッ!
コールスは大きな口で、その棒を咥えて止めた!