48.安らぎのとき
「降伏、だと?」
黒衣の魔術師はコールスを睨みつけながら唸り声をあげる。
「あぁ。そうしてくれたら、その傷も治す」
だが相手は噛みつくように
「ふざけるなっ!誰が――」
と吠えた。
すると、上空からヒュウゥと風が鳴る音がした。
上を見上げると、黒い点のようなものが近づいてくる。
「くっ!」
コールスは反射的に後ろに飛びのいた。
ドズっという音とともに、さっきまで立っていた場所に矢が刺さった。
金属製で、人の腕くらいの太さがある。
「シャドウフレイム!」
間合いができた瞬間、魔術師は杖を掲げて魔法を繰り出す。
コールスは魔防壁で黒い炎を防いだ。
魔防壁に叩きつけられた炎はたちまち煙へと変化した。
――煙幕!?
素早く剣を振って剣圧で煙を吹き飛ばすが、そのころには、黒衣の魔術師もミルティースの姿も消えていた。
領域探知のスキルを発動させるが、すでに探知可能域を出てしまったのか、調べることはできなかった。
「くそっ……」
悔しがるコールスだったが、
「……お疲れ様」
とアナスタシアは声を掛けてくれた。
「あぁ、ありがとう」
ひとまず、危機は去った。
アナスタシアたちを守ることはできたのだ。
間もなくタクトスら3人がやってきた。
「お疲れ様です、コールス様!」
とソフィヤも労ってくれた。
「近くで見ると、迫力あるなぁ」
タクトスは感心したように見ている。
「すみません、やっぱりおっかないですかね?」
とコールスは頭を掻いた。
獣人形態は人間から怯えられることが多い、と聞いていたからだ。
だが、アナスタシアはくすっと笑って首を振った。
「そんなことないよ!だってほら――」
と言うなり、アナスタシアはコールスの腰に抱き着いてきた。
「な、ナーシャ!?」
「あ、これすっごいふかふか~~!!」
戸惑うコールスをよそに、アナスタシアは獣人の背中に顔を埋めて、頬をこすりつけるようにしている。
「ほ、ほんとですか?」
と、ソフィヤもなぜか目をキラキラと輝かせている。
「うん!とっても気持ちいいよぉ」
アナスタシアに誘われて、ソフィヤはふらふらと獣人へと近づく。
「あ、あの、触ってもいいですか?」
遠慮がちに聞いてくる少女に、
「ど、どうぞ……」
とコールスが答えると、ソフィヤは「失礼します」と頭を下げてから背中に抱き着いてきた。
「ふぁあ~~~!!」
途端に、幸せそうな声を出すソフィヤ。
「全く、何やってるんだか……」
とあきれ顔のルミナを、
「気になるなら、お前もやってこいよ」
タクトスがからかう。
「なっ!バカいうな!」
急にルミナは頬を染めながら否定する。
「ルミナも来なよ~!」
「だからやらないって!!」
アナスタシアに反発して顔を逸らしたものの、チラリとコールスの方を見ながら手をもじもじさせているのを見ると、触ってみたいと思っているのかもしれない。
意外にも獣人姿が女子たちにウケて、身体的にも精神的にも、なんだかむず痒い思いのコールスではあったが、
――まぁいいか。
特にアナスタシアが少しでも笑顔を取り戻せたなら、それで良かったと思えるのだった。