47 .コールスの覚醒
「あ、コールス様っ!!」
コールスたちの姿を見つけたソフィヤが声を出した。
「ソフィヤ、これは一体!?」
すると、ルミナがそれに答えた。
「突然、こいつが空から襲ってきたんだ! アタシたちがみんなを避難させてる間に、ミルティースを奪われて……」
ルミナたちの後ろにある建物には、多くの修道女や信者たちが避難している。
3人はそこを守るようにして立っていた。
黒衣の者もコールスの方へと注意を向けた。
「おや、お客さんが増えたねぇ」
と黒衣を纏った者はニンマリと笑った。
低い声から察するに男だろうか?
奴の持つ杖の先には、干からびたようになったミルティースの身体が揺れている。
――あれは、死んでるのか?
コールスの視線の先に気づいたのか、黒衣の男は杖の先を軽く振った。
「あぁ、これが気になる?大丈夫、死んではいないよ。お仕置きのためにちょっと魂を抜いてるからこんなになってるけどね」
「お仕置き?」
ということは、この男はミルティースの仲間か何かなのだろうか?
「こいつは口ばっかり達者でね。
“代償効果”を使ってようやく一人前という程度の魔術師なんだよ。
今回も、『任務』の途中で捕まったって聞いてどうしてくれようか、と思っていたけどねぇ……」
そこまで言ってから黒衣の男は、コールスの後ろにいるアナスタシアへと視線を移した。
そして、指で眼鏡を作ってそこから少女を見つめると、ニタリと笑った。
「でも結果として、こうして“宝物”を見つけられたんだし、悪いことばかりでもないよね!」
――こいつもアナスタシアを狙っている!
コールスはアナスタシアを庇うようにしながら剣を抜いた。
仕事だとか任務という言葉から、誰からの指示や依頼を受けて行動しているということだろうか。
いずれにしろ、対話でどうにかなる相手でないことは確かなようだ。
「ナーシャを渡したりはしないぞ!」
黒衣の男はおかしそうに笑った。
「フフッ、こっちも引き渡してもらえるなんて思っちゃいないさ
いつだって、ボクたちの仕事の本分は“奪う”ことだから、ねっ!」
そう言って素早く手を突き出すと、瞬く間に闇の球がいくつも現れた。
矢継ぎ早に飛んでくる闇の球を魔防壁で防ごうとする。
だが、壁は耐えきれずに崩れてしまう。
「なっ!」
突き抜けてきた闇球をとっさに身体で受け止める。
「コールス!」
叫ぶアナスタシアに、
「大丈夫!」
と答える。だが、どうして最高レベルの魔防壁を破られたのだろう?
――まさか!?
鑑定スキルを発動させて相手を、その手の中に浮かんでいる闇球を鑑定する。
「……Lv.120だって?」
信じられなかった、本来のレベル上限を超えているだなんて!
すると、黒衣の魔術師は再びニヤリと笑った。
「だから、言ったでしょ?“代償効果”でようやく1人前の君たちとは違うんだよ!」
そう言って手の中の闇球を膨らませていく。
「くっ!!」
魔防壁で防げない以上、対策は一つしかない。
――投げつけられる前に倒す!
そう判断すると、“走力強化”スキルを発動させて、一気に詰め寄る。
「フフ、そう来ると思っていたぞっ!」
黒衣の男は闇球を握りつぶして自分の手に纏わせると、それで殴りかかってきた。
「ぐぁあ!」
腹に拳を喰らって、コールスはその場にうずくまった。
「フン、他愛もないねぇ」
そう言って、魔術師はコールスの襟首をつかむと、放り投げた。
「くっ!」
コールスは空中で態勢を立て直すと、着地した。
黒衣の男は再び、闇球を生み出していく。
「はああああ!!」
コールスも再び剣を構える。
「コールス、待って!私を使って!」
アナスタシアの声が聞こえたが、少年は構わずに剣気を飛ばす。
しかし、それは透明な壁にでもあたったように弾かれてしまった。
「くそっ!」
実際、黒衣の男は魔術で透明な防御壁を生み出していた。
レベル99の斬撃強化で生み出した剣気では、それ以上のレベルの壁を崩せるわけはない。
「フフ、じゃあお返しだ!」
今度は、闇球を投げつけてきた。
しかし、剣で叩き落そうとした瞬間に黒炎として爆発してしまう。
「うぁ!」
おもわず片膝をつくコールスに、アナスタシアが叫ぶ。
「どうしたの、コールス!私を“王の器”と呼んで!そして、能力を目覚めさせて!」
「ダメだっ!」
とコールスは首を振った。
“王の器”の能力。
相手を上回る上位スキルを獲得し、コールスに譲渡できる能力。
それは確かにこの場面において切り札になるだろう。
だが、コールスは使いたくなかった。
“王の器”に意識を乗っ取られることを、彼女は怖がっている。
下手をすれば、敵になるかもしれないと怯え、いざとなれば自分を殺してほしいとまで、アナスタシアは言っている。
コールスはそれが悲しくてならなかった。悔しくてならなかった。
そんな風に彼女自身を追い詰める能力を使わなければ、自分は彼女を守れないのか?
自分自身の中に眠る力が恐ろしいと泣いている女の子に無理をさせて、スキルをもらって、そんな体たらくで、どうして『僕が守る』などと大層なことが言えるだろうか!?
だから。
コールスは剣を握りしめると、
「ここは、僕自身のチカラで切り抜けて見せる!君を守って見せる!」
と言い切った。
「コールス……」
アナスタシアは目に涙をいっぱいにためている。
「けど、どうやって勝とうってのさ?」
ルミナの疑問は最もだった。
ここでは勝たなければ意味がない。
ただアナスタシアの気持ちを尊重したいからといって、なんの策もないのではただの愚か者だ。
けれど、コールスの中には予感があった。
『獣人としての能力が目覚めれば、勝機はある』と。
そして獣人は追い込まれた状況でこそ、覚醒できるとも言われている。
まさに今がその時ではないか。
大切な人を守れるかどうか瀬戸際の今こそが!
コールスは今まで必要がなかったこともあって、獣人覚醒の経験はない。
だが、そのための方法は知っている。
コールスは短剣で自分の掌にサッと切り傷を作ると、染み出す血を顔に塗った。
鉄の匂いが鼻腔に満ちて、ドクンと心臓が跳ね上がる。
「目覚めよ、コールス=ヴィンテ!」
鋭く自分に言い聞かせると、全身がドンと脈打ち、見る間に骨格は太くなり、体中の筋肉が盛り上がった。
「はああああああっ!!」
コールスは、たちまち元の身長の2倍ほどの背丈になった。
全身は銀色の長毛に覆われ、顔は狼へと変貌していた。
「す、すごい……!」
アナスタシアたちは圧倒されている。
黒衣の男も「ほぉ」と感嘆の声を漏らしたが、
「けど、多少力が強くなったからって、この壁を破れるほどは――」
だが、黒衣の男の言葉はそこまでだった。
ブシャアアアアアア!!
男の胸元から鮮血がほとばしったからだ。
「え?……ぐあああっ!?」
コールスが放った剣気は「壁」を貫いて、男に傷を負わせていた。
「ぐっ、うああぅ、なんだ、なんだよっ、これはぁああぁ!!」
途端に狼狽と恐怖の声を上げ、傷口を抑えて男はうずくまった。
「すげぇ、やっぱり獣人の力は違うんだな」
とタクトスが呟く。
「ば、バカな!単純な腕力の違いで破れる壁じゃねぇんだぞ!」
傷口を必死に塞ぎながら、黒衣の男は息も絶え絶えに反論する。
「うん、腕力でこじ開けたわけじゃないよ。今の斬撃はスキルで作ったものだから」
「スキルだと?ふざけるな、レベル99のスキルが通じないことは明らかなはず!」
黒衣の叫びに、コールスは首を振る。
「人間のLv.99ならね。
でも、獣人は違う。同じLv.99だったとしても人間とは格段に差があるんだ。
神族と人間では、同じ数字のレベルでも比較にならないようにね」
「!!」
言葉を失っている魔術師に、コールスは剣先を突き付けた。
「さぁ、大人しく降伏するんだ!」