46.悲壮な決意
王の器。
コールスがその言葉を口にしたことで、アナスタシアの中の「何か」が目覚め、上級スキルを手にすることができた。
「コールスの言葉が聞こえたとたん、すぅっと意識が遠くなったの。そのあとは、夢の中で流れていく風景を見ているような感じで」
そう言いながら、アナスタシアは自分自身を抱くように身を縮めた。
「とても怖かった。自分で自分を制御できないだなんて、こんな怖いことはないって思ったの」
そうだね、とコールスは頷いた。
確かに想像するだけで恐ろしいことだ。
「あのとき、もしミルティースがあなたより先に“王の器”と声に出していたら、私はあの魔術師の言いなりになっていたかもしれない!
そう思ったら震えが止まらなくて……
それに、もしかしたら、まだ私の知らない「何か」が私の中にあるんじゃないか、また別の言葉でそれが目覚めてしまうんじゃないか、そしてもうもとに戻らないんじゃないかって不安でたまらないの」
「ナーシャ……!」
コールスは、涙を流し始めたアナスタシアの手に自分の手を重ねる。
少女の白い手はすっかり冷え切っていた。
「大丈夫、君を他の誰かの言いなりになんて決してさせない!」
「コールス……」
少女のうるんだ瞳を、少年はしっかりと見つめ返す。
無論、何か根拠があるわけでも、何か見通しがあるわけでもない。
けれど、一緒に旅をしていくと決めたあの時から、コールスはアナスタシアを守り抜こうと心に誓ったのだ。
「君の中にある謎は、必ず解き明かして見せるから!そのためにも、君を生み出したアルクマールをきっと見つけ出すから!」
そう力強く言い切るコールスに、アナスタシアは
「うん……」
と一度は頷いた。だが、
「ねぇ、コールス。もし……もし私が敵の言葉で“王の器”として覚醒したら、
そして、あなたと敵対してもう戻らないようなことになったら、そのときは――」
「ダメだ、ナーシャ!それ以上言わないでくれ!」
アナスタシアが何を言おうとしているのか察したコールスは必死に首を振った。
――君を手にかけることなどできるはずないじゃないか!
そんな恐ろしいことは想像もしたくなかった。
だがアナスタシアは言葉をつづけた。
「もし、できないと思ったら、迷わず逃げてね。あなただけでも生きて――」
「ナーシャっ!!」
コールスが叫んだとき。
ドォオン!とふもとから轟音が響いた。
見れば、教会のほうから煙が上がっている。
「あれは!」
とアナスタシアが息を呑む。
「行こう!」
ソフィヤやルミナ、タクトスの顔が瞬時に浮かび、コールスはアナスタシアを連れて一目散に、丘を駆け下りた。
* * *
教会の敷地内に飛び込むと、修道女や信者たちが悲鳴を上げながら、こちらに逃げてきていた。
それを潜り抜けながら、煙の上がっている方へと走る。
すると、タクトス、ルミナ、ソフィヤの姿が見えた。
その3人と見知らぬ誰かが向き合っている。
ボロボロの黒衣を纏った長身で、黒髪も背丈と同じ長さ。
そして肩に担いだ長い杖の先にぶら下がっているものを見てコールスは息を呑んだ。
ぼろ布のようになって、杖にまとわりついているのは、一人の人間。
その姿には見覚えがあった。
「あれは、ミルティース?」
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