44.戦い明けて
「く、そぉおおおお!!」
血を噴きながらミルティースは魔空間から転げ落ちた。
地上に落ちた魔術師は片腕を失っている。
コールスは駆け寄ると、腰のポーチからロープを取り出した。
そして「拘束」と短く命じると、ロープは自動的に動いてミルティースの身体に巻き付いた。
「き、さまぁ!!」
縄は手足を縛り、口にも巻き付いて猿轡のようになった。
「捕縛完了!ソフィヤ、治療してあげて。腕は戻さずに傷口を塞ぐだけでいいからね」
「あ、は、はい!」
ソフィヤは頷くと、ミルティースの傍に寄って、瞬く間に止血した。
「生かしておくのか?」
とルミナがたずねてきた。
「うん、聞きたいことが沢山あるからね。“代償効果”についてとか、それをどこで身に着けたのか、とか。
僕とナーシャ、どちらにも関係することだから。だめ、かな?」
すると、ルミナは少し考えた後で、
「別にいいよ。本当はここで“落とし前”をつけたいところだけど。
まぁ、こうして捕まえたからには、こいつの行く末はもう決まってるからな
せいぜい拷問を受けて苦しむがいいさ」
そういって意地悪そうに笑うと、ミルティースは鬼の形相で睨み返してきた。
そのとき後ろで、すぅっと息を吐く音が聞こえた。
「アナスタシアさん!」
とソフィヤが叫ぶ。コールスたちが振り返ると、アナスタシアの身体から翼が消えて、彼女の身体がゆっくりと倒れていくところだった。
――危ないっ!
コールスは慌てて少女の身体を抱きかかえた。
「今、お身体をみますね」
ソフィヤもまた駆け寄って、アナスタシアの身体に杖を掲げ、彼女の状態を調べる。
青い線がアナスタシアの頭からつま先までをなぞっていく。
「……大丈夫です、気を失っておられるだけです」
ソフィヤの言葉に、コールスたちも安堵の息を漏らした。
今回の戦いは、本当に危なかった。
アナスタシアが新しいスキルを取得しなければ、コールスは勝てなかっただろう。
「ありがとう、ナーシャ」
感謝を述べながら、コールスは、少女の白い頬にかかる髪を直してやった。
* * *
2日後。
「やぁ、久しぶりだな!コールス」
とコールスは声をかけられた。
「ご無沙汰してます、タクトスさん」
コールスは釘を打つ手を止めて、タクトスを出迎えた。
タクトスがミルティースの身柄を引き取るために来ることは、コールスも知っていた。
「ここにいると聞いて来たんだが、なんでまた大工仕事をやってるんだ?」
「あぁ、この部屋は僕が壊してしまったものですから。お詫びに、と思って」
コールスは部屋を見渡した。
ここは、一昨日ミルティースたちと戦った病室だ。
壁や床には、無数の穴や亀裂が入っていて、戦いの壮絶さを物語っている。
「なるほどな。けれど、皆を守るために仕方がなかったんだろう?
そういう"罰仕事"をさせるなら、あの“聖女”さまの方がいいんじゃないか?」
タクトスはそう言いながら、窓の外に視線をやった。
視線の先では、一人の修道女が必死にブラシを使って、噴水の掃除をしている。
「ほら、もっとしっかり腰を入れて!そんなことでは汚れは落ちませんよっ!」
「うぅ……きつい……」
恰幅のよい修道女に怒られながらブラシを動かしているのは、レオネアだ。
ソフィヤから法力を奪って法術を使っていたことがバレて以降、レオネアの威信は地に落ちていた。
慈悲深く偉大な“聖女”として尊敬を一身に集めていただけに、その根拠が崩れた反動は大きかった。
今はこの教会のトップから引きずり降ろされ、こうして雑用係として朝から晩まで汗だくになりながら駆けまわっているのだった。
「はぁ……ハァ……ちょ、ちょっと休ませうぎゃあぁああ!!」
ブラシを杖代わりに歩こうとしたレオネアは足がもつれて転げると、バケツに頭を突っ込んだ。
「うげ、うべぇえ、ぎだな“い”~~~!」
「ちょっと何をやってるんですか!また汚して!やり直しですよ!」
「うあ“ああ”あ~~~!!もうやだ~~~!!」
泥水まみれになりながら泣きわめくレオネアの姿に、
「ま、あの様子じゃ大工仕事なんて無理か……」
とタクトスが苦笑していると、
「こ、コールスさまぁ!!」
息せき切って部屋に駆け込んできたのは、ソフィヤだった。
「ソフィヤ!どうしたの!?」
コールスは目を円くした。
今、ソフィヤはこの教会で一番忙しい人物のはずだからだ。
レオネアが“聖女”の座から落ちた今、その役割を担っているのは、それまで被害者であったソフィヤだった。
膨大な法力を使った法術で、今日も朝からたくさんの人の治癒を行っているはずのソフィヤは、コールスにすがりつくようにしながら、
「ハァ、ハァ、た、大変です!」
と言った。
「大変って何が!?」
ソフィヤは「う」と水色の瞳を潤ませた。
「アナスタシアさんがどこにもいないんです!」