43.王の器
腕をつかむと、コールスはすぐに、眼に魔力を集めた。
すると、レオネアの腕には見えないほど細い魔力糸が絡みついているのが分かった。
これによってミルティースはレオネアを操っているのだ。
逆に言えば、この糸の先にミルティース本人がいる、ということ。
コールスはすぐに糸を手繰り寄せようとするが、糸はすぐにかき消えてしまった。
「魔力糸か……!」
魔力で編まれた糸だから、糸の作り手の意思で簡単に実体を持たせたり、消したりは自由自在だ。
「甘いよ!」
と、レオネアは掴まれたほうと反対の腕をコールスへと伸ばした。
『ストーミングフレア!!』」
至近距離から放たれた炎魔法が襲い掛かる。
「くっ!」
とっさに魔防壁で防ぐ間に、ミルティースが操るレオネアはコールスを振りほどいて逃げてしまった。
「フフ、まだまだ!“アイスランチャー”!」
無数の氷槍が、コールスの背後にいるアナスタシアやソフィヤたちにも、襲い掛かる。
「危ないっ!」
さらに大規模な魔防壁でこれを防ぐ。
「くそっ、こんな場所で!」
ここは病室だ。これ以上、患者や修道女たちを巻き込みたくない。
「はぁああぁあっ!!」
コールスは“跳躍力強化”のスキルで一気に、レオネアのところまで跳ぶと、体当たりで彼女を窓の外へと吹き飛ばした。
そして、自身も建物の外へと飛び出す。
「フフ、良い判断だね」
そう笑いながら、地上に叩きつけられる寸前で、レオネアの身体はふわりと浮き上がる。
相変わらず、魔力糸によって“上”から吊られているのだろう。
とはいっても、操り手の姿は見えない。
コールスは剣を抜き、レオネアの上空めがけて10発ほど剣気を連続して放った。
剣気は白い翼になって、見えない敵に襲い掛かるが、何かを斬ったり当たったりした様子はない。
――魔空間か!
魔術によって形成された”空間の狭間”。
そこには、術者以外、何人も立ち入れない。
「フフフ、馬鹿だねぇ。そんなことで居所がわかるわけないよ!」
お返しとばかりに、幾つもの竜巻がレオネアの手から繰り出されるが、コールスは再びこれを防いだ。
だが。
「……くそっ!」
気が付けば、右腕の自由が利かなくなっていた。
よく見れば、銀色に光る糸が腕を貫き、絡みついている。
――迂闊だった!さっきの竜巻はこれを巻き付けるための囮だったんだ!
「フハハハハ!気づいてももう遅いよ、糸は君の中に入っちゃってるからね、魔防壁じゃ防げないよ!」
「ぐっ!!」
身構えた瞬間に、
「ウェービングスパーク!!」
糸を伝って雷魔法が直接、コールスの身体に叩き込まれた。
「ぐあああぁぁぁああっ!」
「コールスっ!」
少年を追いかけて外に出てきたアナスタシアが駆け寄ろうとする。
「ぐ……あ……!」
雷から解放されたコールスは、体表から煙を上げ、ガクガクと痙攣するようにその場に倒れる。
「いやぁ、コールスっ!」
「バカ、近づくな!感電するぞっ!」
「黒焦げになっちゃいます!」
一緒に来ていたルミナとソフィヤが、アナスタシアを必死に留める。
「コールス、コールス!」
半狂乱になって名前を呼び続ける少女に、なんとか答えようとするが、身体どころか口すらも動かせない。
「やぁ、お姫様。そちらから来てくれるとは都合がいいね」
レオネアはにんまりと笑いながら、ふわりと浮き上がって寄って来る。
「このっ!」
ルミナが素早く投げた数本のナイフは、聖衣に深々と突き刺さるように見えたが、次の瞬間には、白い影はフッと消えてしまった。
「くっ!?」
驚く間もなく、ルミナにも魔力糸が絡みつき、容赦なく雷が叩き込まれた。
「あぁあぁあぁああっ!!」
「ルミナ!」
電撃により意識を失ったルミナは、糸が切れた操り人形のように地面に放り出される。
「さぁ、もう観念したほうが良い。こっちに来るんだ」
「そ、そうはいきません!」
杖を握りしめて、アナスタシアを守るようにソフィヤが立ち上がった。
「ソフィヤ!」
「この人の狙いは、アナスタシアさん、あなたです。だから逃げてくださいっ!」
ぶるぶると震えながら杖を構えている少女を、レオネアは笑う。
「ククク、勇ましいねぇ」
互いをかばい合うようにしている二人の少女へと、白い聖衣は近づいていく。
「ダメ……だ……!」
意識をかろうじてつなぎとめるようにしながら、コールスは必死に地面を這って少女たちのもとへと向かおうとしていた。
――このままじゃ、ナーシャが奪われてしまう!
そんなのは、絶対に嫌だ!
「ナー……シャ……!」
気力を振り絞るコールスを横目に、レオネアは余裕の笑みを浮かべながらアナスタシアへと魔手を伸ばす。
「フフフ、ついに“王の器”が我が手に……!」
微かに、ミルティースの呟きが耳に聞こえた。
それは全くと言っていいほど聞こえないほどのものだったが、人間よりもはるかに優れた獣人の耳にははっきりと届いていた。
「王の、器?」
コールスが繰り返すように呟くと、
「!!」
突然、アナスタシアの身体がビリっと震えて、急に立ち上がった。
それは、自分の意思でというより、何か違うモノに動かされて、という感じであった。
「わ、れ……我……汝の、呼びかけに、応えん」
その声も、普段の彼女のものとは明らかに響きが違っていた。
「な、ナーシャ?」
「汝、わが王よ、何を望むか?何を、我に、求むるか?」
一体、何が起こったのか?
コールスはアナスタシアの眼を見つめた。
その琥珀色の瞳は、今は茫洋とした光を湛えて、どこまでも果てしないように見える。
だが、呆然としている暇はなかった。
「こいつ……!」
レオネアがアナスタシアへと再び襲い掛かろうとする。
コールスは素早く答えた。
「君を守るための力を!」
その瞬間、烈風が少女の身体から巻き起こった。
「ぐっ!」
風に顔をしかめていると、翼がアナスタシアから現れたのが見えた。
細く白い翼は、そっとコールスへと差し伸べられ、その羽根の一枚が頭へと舞い降りた。
その瞬間、
『“魔空間干渉”スキルを取得しました』
と音声が頭に響いた。
それは今まで手にしたことのないレアスキルだ。
「魔空間……そうか!」
コールスはスキルを発動させる。そして、
「やぁあああぁっ!!」
天を突き立てるように、剣先を空中へと繰り出した。
鋭く尖った剣気は駆けのぼり、やがて、
ガシャァアアアン!!
という音と共に、空間を“破り割った”。
「ぐ、ぁあああああああああ!!」
そして、そこから鮮血がほとばしり出た。
スキルによって、魔空間に潜んでいた魔術師を斬りつけたのであった!