40.少女の夜明け
レオネアの言葉を受けて、修道女は
「承知いたしました、では連れてまいります」
と部屋を出ていく。
それを見送りながら、
「ソフィヤが“法力タンク”ってどういう意味だ?」
とコールスは首を傾げた。
この「聖女」は治癒術などの法術に必要な法力を、ソフィヤから得ているということなのか?
コールスは“鑑定”スキルを発動させて、壁向こうのレオネアを鑑定した。
「これは!」
驚いたことに、レオネアの中からはほとんど法力が生まれていないことがわかった。
これでは、瀕死の人間を救うなどといった“奇跡”はとても起こせない。
「なるほど。だから、治癒術を使いたいときはあの子の法力を利用していた、ってわけか」
とルミナが腕組みをした。
「でも、他人から法力をもらうなんて、そんなことできるの?」
アナスタシアが首を傾げる。
例えば、魔力は生命体の外の“空間”で生まれる力であり、人間や魔獣はこの魔力を空間から体内に取り込んで魔術に使っている。
だが、法力はそれとは逆に生命体の内側から放出される力であり、外から取り込むということはまず出来ない。
無理に取り込もうとすれば、自分の体内から出る法力と、吸収しようとする法力とがぶつかってしまうだろう。
「何か仕掛けがあるのかもしれない」
コールスは再びレオネアを注意深く鑑定した。
すると、彼女の腹部に蛇をかたどったような紋様が見えた。
「あれは、刺青?」
聖職者には似つかわしくない物騒なモノにスキルの焦点を当てると、鑑定結果として『逆理の蛇紋』という文字が視界に浮かんだ。
「逆理……そうか!あの刺青で体内の法力の流れを逆転させて、外部から法力を取り込めるようにしているんだ!」
これで謎が解けた。
レオネアが“奇跡”の治癒術を使える理由も。
そして、ソフィヤが法術を使えない理由も。
「よし!ソフィヤのところに行こう!本当のことを知らせて上げなくちゃ!」
コールスは静かに立ち上がった。
* * *
「あ、コールス様!どうかされましたか?」
コールスたちの姿を見つけると、ソフィヤは水汲みの手を止めて、にこやかに笑った。
コールスは“領域探知”スキルを使ってソフィヤの居場所を素早く突き止め、アナスタシアたちを抱えると、“走力強化”スキルで、さっきの修道女よりも先にソフィヤへとたどり着いていた。
そして、ソフィヤに近づきながら、鑑定スキルを発動させる。
コールスの予想通り、ソフィヤの身体からは膨大な法力が放出されていた。
それは桁外れと言っても良かった。
「ごめん、ちょっと聞きたいことがあってね」
とコールスは切り出した。
「はい、なんでしょう?」
「君が法術を学び始めたのは、この教会に来てからかい?」
「えぇ、そうですね」
「教えてくれたのは誰?」
「レオネア様です。他の先生が教えてくださることもありましたけど、その時もレオネア様がいつも傍にいらっしゃいました」
「術の習得は上手くいっていないんだよね?」
「はい。大抵は術を失敗したりして上手くいかないんです」
ソフィヤはそう言って顔を曇らせた。
「なるほど……」
やはり、原因はレオネアだ。
彼女は、ソフィヤが生み出す法力をあの“逆理の蛇紋”でほとんど吸い取ってしまっていたのだ。
「レオネアさんがいないところで練習はしなかったの?」
とアナスタシアがたずねる。
「はい。『あなたは法術の制御に問題があるようだから、私のいないところで鍛錬をしないように』と厳しく言いつけられていましたので。
それに、例えば治癒術はケガや病気の方がいなければ練習のしようもありませんし」
困ったように笑うソフィヤに、
「実は……」
とコールスは先ほど見聞きしたことを伝えた。
ソフィヤは訝し気に話を聞いていたが、やがて
「そんな……!信じられません!レオネア様が私から法力を奪っていたなんて!」
と激しく首を振った。
「厳しい方ですけど、そんな風に人を騙して力を奪うような方ではありません!」
ソフィヤの反論に、
「じゃあ、ここで試してみようか?」
とコールスは言った。
そして、いきなり懐の短剣を抜くと、迷うことなく自分の左腕を斬りつけた。
「!!」
思わず息を呑むソフィヤに、
「この腕を治してみて」
とコールスは鮮血に塗れていく左腕を差し出した。
「コールスさまっ!な、なんてことを!だ、誰かっ!」
急いで人を呼んでこようとするソフィヤに、
「ダメだ、君がここで治すんだ」
とコールスは静かに迫る。
「そんな……無理です、私には……!」
少女はしり込みし、涙目になって首を振る。
「無理じゃないよ。君には誰よりも強い法力が宿っている。それを使えばきっとできる!」
腕からは絶え間なく、血が滴り落ちていく。
「君は必ず治癒術を使える。そう信じているから、僕はためらわずに自分を傷つけることができたんだ。
だから信じてくれないかな?僕の言葉を。
そして信じて欲しいんだ、君自身のことを」
コールスは優しく言ってソフィヤを見つめた。
「お願い、ソフィヤ!」
とアナスタシアも懇願する。
ルミナは静かな瞳で少女を見つめている。
ソフィヤは2,3度深呼吸をした後、
「わかりました、やってみます」
そう言って、杖の先をコールスの腕にかざす。
短く祈祷の言葉を口にすると、杖の先は白く輝き始めた。
すると、たちまち出血は止まり、深い傷口はあっという間に塞がっていった。
「……!」
自身の術の威力に驚くソフィヤに向かって、コールスは左手を何度か握っては開いて、問題なく動くことを見せた。
「お見事!」
「あ……!」
「やったぁ!すごい、すごいよ、ソフィヤ~!!」
アナスタシアは、呆けたようになっているソフィヤに駆け寄って抱きしめた。
まるで自分のことのように喜ぶアナスタシアの腕の中で、ソフィヤは見る間に顔をぐしゃぐしゃにして泣き始めた。
「う、ぐ……あ、あ、ありがど、ございま……!」
「良かった、よかったね、がんばったね!」
全身を震わせて嗚咽しているソフィヤを見ながら、アナスタシアももらい泣きしている。
抱きあって涙を流している二人の少女を見ながら、コールスは教会のほうへと目をやった。
「さぁ、行こう!患者さんが待ってる!」
ルミナもフッと笑った。
「いよいよ、ペテン師の化けの皮をはぐ時が来たってわけね!」