4.宝箱の少女
地面の冷たさでコールスは目を覚ました。
「!!」
反射的に起き上がって、辺りを見回した。
「ここは!?」
両側にそそりたつ岸壁。
地面から屹立している岩の槍。
少し離れた地面には、つり橋の残骸。
つり橋を見たとき、先ほどの光景がフラッシュバックした。
「……!そうか、つり橋ごと落とされて……」
記憶がよみがえり、コールスは肩を落とした。
“暁の鷹”のメンバーと折り合いが悪いことは分かっていた。
古くからの仲間同士である彼らと、所詮は“雇われ”の自分との間に溝があることも承知していた。
そして彼らが、獣人である自分に差別的感情を持っていることも、受け止めているつもりだった。
「だけど!」
だからといって、一応は仲間である者を切り捨てていいわけではない。
冒険者としては恥ずべきことだし、何よりギルドの規約に対する重大な違反行為だ。
(自分を追い出したければ、地上に出てから好きにすれば良かったのに……)
だが、彼らは明らかに自分を殺すつもりだった。
幸いにして、今のところは生きているけれども。
「……というか、ボク、なんで生きられてるんだろう?」
今さらのような疑問が浮かんだが、
(いや、ひょっとして死んでいるのか?)
念のため、全身を触ってみるが、骨が折れたり内臓がつぶれたりはしていないようだ。
それでも、擦り傷などで、痛み自体はちゃんと感じる。
(痛みがある、ということは、死んで魂だけが抜けてしまった、というわけではないんだよね?)
「でも、あの高さから落ちてどうして無事なんだ?」
意識を失う前、頭の中に流れた音声を、コールスは思い返す。
「そういえば、オートスキルが発動したって……」
ダンジョン内では岩が落ちてきたり、自分が落っこちたりという不測の事態に備えて身体強化のスキルをオートで発動できるようにするのが常識だ。
ダンジョンに入る前にやっていた準備が役に立ったというわけだが――
「でも、フツー、こんな落差で地面に叩きつけられて生きていられるほどのスキルではないんだけど……」
ステータス画面を開く。
そこから操作すると、スキル表示画面が展開される。
「何これ!?」
スキル表示画面を見て驚いた。
『オートスキル“緊急身体強化” レベル99 使用回数1』
と画面には表示されている。
「レベル99?って最高レベルじゃないか!そんなバカな!」
(……いや、確かにこれだけ身体強化ができたのなら、僕が助かったのもうなずける)
最高レベルになっているのは、緊急身体強化だけではなかった。
全てのスキルのレベルが99に達している。
そして、その横にあるのは「使用回数1」
この異常状態。
『全てのスキルの使用可能回数が残り1』
という、さっきの”呪い”のせいなんだろうか?
「グ、オ……」
そのとき、後ろからしわがれた声が聞こえて、コールスは振り返った。
「うぁ……!」
そこにいたのは、アーマーミノタウロス。
おそらく、彼よりも先に落ちたあの個体だ。
奴の胸を、岩の槍が貫いている。
円錐形の太い岩を真っ赤な血が濡らしている。
大きな口から舌をだらんと垂らしたモンスターは死の淵にあった。
荒い呼吸を繰り返し、跳ね上がった心臓を押さえるようにしながら、コールスは自分の周りを見た。
「ハァ……ハァ……」
谷底には侵入者対策として、同じような岩の槍がいくつもあって、さながら針山のようだ。
「危なかった……」
恐らく、身体強化のスキルで皮膚を固くしていなかったら、こいつと同じように串刺しになっていたに違いない。
アーマーミノタウロスの目から光が失われた。
だが、安心している場合ではない。なぜなら――
グルルルル……
遠くから別のモンスターの唸り声が聞こえてきた。
「くそっ、やっぱり来たか!」
血の匂いを嗅ぎつけてきたのだ。
急いでどこかに隠れないといけない。
いくらスキルレベルが99だろうとも、そもそもコールスは戦闘スキルを持っていない!
なるべく音を立てないようにしながら、唸り声と反対の方向へ歩く。
「うわっと!!」
あやうく岩にけつまずきそうになった。
「いや、これは岩じゃないぞ?」
地面からわずかに顔を出しているのは、宝箱だ。
もちろん、今の彼にお宝に構っている暇はない。
けれど。
(こんな谷底に、宝箱?)
という疑問から思わず手を伸ばした。すると――
『“アンロック”を発動します』
自動音声が頭に響いた。
「あ、ちょっと……!」
うかつだった。
最高レベルに達したアンロックが、手をかざすだけで自動的にカギを開けるほど強力だなんて!
蝶番がきしんだ音を立て、表面に積もった砂を押しのけながら宝箱の蓋は開いた。
中には、一人の少女がよこたわっていた。
「……!」
コールスは思わずぎょっとした。
死体だと思ったからだ。
でも、長い銀髪の下に見え隠れしている肌は、死体の色に見えなかった。
ゆったりとした衣をまとった肌は抜けるように白いけれど、その下にはしっかりと血が通っているようだ。
「う……ん……」
「!」
少女は微かに声を出した。
「い、生きてる!」
尻もちをついたコールスの目の前で、少女はゆっくりと身体を起こした。
「ふあ、ぁ……」
小さくあくびをすると、寝ぼけ眼で辺りを見回している。
そして、両者の目と目が合った。
少女の琥珀色の瞳は徐々に焦点があってくる。瞬きをすると、長い睫毛が上下する。
「……ここは?」
少女の唇から言葉がこぼれる。
「あ……ディークソン軍事研究所跡、です」
このダンジョンの名前を伝えると、少女は形の良い眉を寄せて、記憶の糸を手繰るような顔をした。
「……ディークソン?」
そういって小首をかしげる。そのときモンスターの声が聞こえた。
『グルルルル……』
「マズい!こんなところで立ち止まってる場合じゃない!」