37.偽りの絆
元来た道を戻り、コールスたちは広い空間に飛び込んだ。
そこでは、数匹の大蛇が鎌首をもたげて修道女や兵士たちを狙っていた。
「くっ、こいつ!!」
槍を構えて蛇を追い払おうとする兵士に交じって、ルミナも戦っていた。
「やっ!!」
ナイフを逆手に握ると、ルミナは高く跳び上がって大蛇の首に斬り込む。
銀色に輝く刃が蛇の喉元を掻ききる――かに見えたが、その瞬間大蛇は霧のように消えてしまう。
「くっ、また幻影か!」
歯噛みするルミナの後ろで、一人の兵士が肩を押さえて苦しんでいる。押さえた指の隙間からは血が流れている。
どうやら幻影の中に紛れている“本物”の蛇の牙にやられたらしい。
――すぐに助けなくては!
「ナーシャ、鑑定スキルを!」
「了解!」
コールスは蛇の背後に駆け寄りながら、アナスタシアから貰った鑑定スキルを発動させた。
鑑定するのは蛇ではなく、洞窟の壁だ。
「あった!」
壁に、小さな鏡の欠片が埋め込まれているのが判った。
そこに狙いをつけて、コールスは拾った小石を素早く投げつける。
鏡が割れると、大蛇のうちの一匹が一瞬で消えた。
――やっぱり、そうか!
鏡には幻影を生み出す光魔法が閉じ込められていたのだ。
この空間に仕掛けられた罠が作動したとき、本物の大蛇一匹が出てくるとともに、その魔法が解放されたのだろう。
コールスは探索師として、この手のトラップには何度か遭遇したことがあった。
その経験を活かし、次々と鏡を割っていく。
やがて一匹だけ残った大蛇は、ようやく異変に気づいたらしく、振り返ってコールスに襲い掛かろうとする。
「遅いっ!」
コールスは抜刀すると、たちまち大蛇の首を落とした。
「……すごい!」
コールスの戦いぶりを初めて見たルミナは目を円くしてつぶやいた。
ズン、と大蛇が倒れると、少年は負傷した兵士に駆け寄った。
スキルで解毒を行って止血すると、
「すみません、治癒術をお願いできませんか?」
とレオネアに声を掛ける。
蛇に襲われている間、尻もちをついて兵士の後ろで震えているだけだった修道女は、
「え?えぇと……」
と青ざめた顔のままうろたえている。すると、コールスの後ろから小さな人影が走り寄って座ると、兵士の手当てを始めた。
「ソフィヤ!」
少女は手ばやく患部にガーゼを当てると、慣れた手つきで包帯を巻いた。
「すみません、私は治癒術が使えないので……」
申し訳なさそうな顔をするソフィヤだが、
「いや、ありがとう……」
と兵士は礼を言った。
すると、そこにレオネアがやってきた。
さっきまでのうろたえた感じはどこへやら、すっかり落ち着きを取り戻したらしい修道女は、兵士の腕の上に杖を掲げた。
クリーム色の光が杖に宿り、患部へと降り注ぐ。
「う……」
一瞬、兵士の顔は苦痛に歪んだが、すぐに穏やかな顔になった。
「あ、ありがとうございます、レオネア様」
兵士が治癒術の礼を言うと、修道女はゆっくりと首を振り、
「当然のことですわ。そなた方は私を守ってくれたのですから」
とまさしく聖女のような微笑みを浮かべた。
そして、コールスたちのほうに向き直った。
「危ないところをお助けくださり、深く感謝いたします。私は、レオネア=ユーベルハイト。主神フォルラに仕える修道女にございます」
深々と頭を下げるレオネアに、コールスたちも名乗った。
「コールス=ヴィンテといいます」
「アナスタシアです。それと……」
アナスタシアがルミナに目配せすると、ルミナは驚いた顔をした。
「え?あたし?……ルミナ」
と、ルミナがつっけんどんに挨拶すると、
「本当にありがとうございました。皆様にもフォルラの恩寵があらんことを」
そう言ってから、レオネアはソフィヤを見つめた。
「……!」
身を固くするソフィヤにレオネアが駆け寄ると、コールスたちの間にも緊張が走った。
しかし、レオネアは静かにしゃがむとソフィヤを抱きしめた。
「あぁ、ソフィヤ!探していたのですよ!大丈夫ですか?怖い目に遭ったりしませんでしたか?」
そう言って、いかにも愛おしむように少女の頭や背中を撫でている。
その様子にコールスたちは面食らった。
しかし、ソフィヤもまた、
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません、レオネア様。道に迷ってしまって」
と“謝罪”を口にして、レオネアに身を任せている。
どういうことだ?と戸惑ったコールスだが、すぐに事情を理解した。
恐らく、彼女たちはいつも他人の前では、“仲良し”のフリをしているのだろう。
「もう、急にいなくなるから心配したのですよ?」
と微笑んでいるレオネア。
ソフィヤを殴り、たった一人で探索に向かわせたことを隠して、自分の部下を労わる聖女を演じるつもりらしい。
――急にいなくなるも何も、自分が洞窟の奥へおいやったんじゃないか!?
と苦々しく感じたコールスは一瞬、『さっきのイジメの現場を見ていたぞ!』と言ってやろうか、とも思った。
だが、それではソフィヤを救うことにはならない。
それどころか、「恥をかかされた」と思ったレオネアが、さらに陰での虐待をエスカレートさせるかもしれない。
そう思うと下手なことはできなかった。
コールスの隣にいるアナスタシアの拳も震えている。
きっと同じように怒りを押し殺しているのだろう、とコールスは感じた。
「何はともあれ、無事で何よりでした」
と言って、レオネアはソフィヤの白い頬を右手で優しく包んだ。
自分を殴った手に触れられて、ソフィヤは少しひきつった笑顔をしている。
やがて、レオネアは立ち上がった。
「コールス様、アナスタシア様、そしてルミナ様。皆様は私共の命の恩人です。ぜひとも、そのお礼をさせていただきたいのです。
一度、私共とともに教会へご同行いただけませんか?」
修道女の申し出に、コールスは即答した。
「お申し出、感謝いたします。喜んでお供させていただきます」
「コールス……」
アナスタシアの言葉に振り向くと、小さく頷いた。
アナスタシアもまた、澄んだ瞳で頷き返した。
ソフィヤをこのまま放っておけない。
彼女がレオネアにいびられるのを、黙って見過ごすわけにはいかない。
何より、レオネアは自分たちの因縁の相手、魔術師ミルティースについて知っている。
コールスとしては、その手がかりを何としても掴みたいと思った。