35.修道女たち
コールスの予想通り、ルミナは盗賊たちの洞窟にいた。
「やっぱり、ここにいたんだ!」
「アンタたち……!」
コールスとアナスタシアの足音に振り返り、二人の姿を見つけたルミナは、バツの悪そうな顔をした。
「みんな、探しているよ、帰ろう」
とコールスは微笑むが、ルミナはくるりと背を向けて再び歩き出した。
その態度に、アナスタシアがむくれる。
「何よ、せっかくコールスが心配して来たのに」
「まぁまぁ」
とコールスはなだめる。
すると、背を向けたままルミナは口を開いた。
「しばらくは戻らない。アタシはここでやることがあるから」
「ミルティースの手がかりを探したいんでしょ?」
とコールスが問いかけると、再び振り返った。
どうしてそれを、と言わんばかりの驚いた表情のルミナに
「僕たちも、訳あってあの魔術師を探しているんだ」
とコールスが言うと、ルミナはじっと見つめてきた。
「だから、ミルティース探し、良かったら協力させてもらえないかな?」
コールスの提案に、ルミナは深く息をついた。
「……アンタたちに命を救ってもらったこと、気にかけてもらったことは感謝してるよ。
頭領以外の仲間の助命までしてもらったからね」
そう言ってルミナはぺこりと頭を下げた。
「けど、ここから先はアタシたちの問題だ。
あの女は必ずアタシが捕える!“蟲”だの妖しい魔術を持ち込んで好き勝手して、挙句の果てにトンズラこいたあいつだけは許さない!」
「ルミナ……」
「そもそも、アタシはあんたのこと心底許したわけじゃないからな!仲間を何人も殺したことは事実なん――」
そこまで言ったところで、
「待って!誰か来る!」
コールスはそう言って耳をそばだてた。
複数の足音が洞窟への坂道を登ってくるのが聞こえた。
「まだ君の仲間が残っていたのかな?」
「いや、そんなはずはない」
とルミナは首を振る。
「とにかく、隠れよう!」
そう言って、コールスは“不可視化”のスキルを発動させた。
アナスタシアとルミナも、スキルによって姿が透明になる。
コールスはアナスタシアの手を引いて、洞窟の片隅にしゃがんだ。
ルミナはその反対側の壁に背を預ける。
やがて、足音の主たちが見えてきた。
5人のグループで、中心には白い聖衣を纏い、手に大きな杖を携えた女性がいる。
彼女の後ろには藍色の聖衣を着た少女が付き従うように歩いている。
二人の周りを、簡易な鎧をまとった兵士たちが守護している。
「足元にお気を付けください、レオネアさま」
兵士の言葉に、女性が頷く。
「あの聖衣、フォルラ教の修道女だな」
とルミナが呟く。
フォルラ教は大陸全土で信仰されている教えだ。
レオネアと呼ばれた修道女は、広い空間の入口で立ち止まると、後ろの少女に
「ソフィヤ、調べてごらんなさい」
と言った。
ソフィヤと呼ばれた少女は「はい」と鈴を振るような声で答えると、他の者たちから離れるように歩き始めた。
そして、空間の中心に立つと、そっと目を閉じた。
少女の白い頬に長い睫毛が影を落とす。
ソフィヤは深呼吸をすると、手に持っていた杖で地面をトンとついた。
すると、地面に光の紋様が現れた。
フォルラの神に仕える者が使うという“法術陣”だ。
十数秒間、法術陣の中心で集中していた少女は、ふぅっと息をついて目を開け、困ったように美しい眉をひそめた。
「特に、何も感知できるものはありません」
振り返ってそう報告すると、レオネアは明らかに不機嫌な表情になり、つかつかとソフィヤに歩み寄った。
そして、
ビシッ!
腕を振り上げると少女の頬を張り倒した!
「!」
思わぬ光景に、コールスたちは息を呑んだ。
「うっ!」
思わずよろけてその場に膝をついた少女に、レオネアは罵声を浴びせた。
「この役立たずがっ!そんなはずはないでしょう!盗賊どもがここを出てまだ3日。その痕跡があるはずなのです!」
白い頬を赤く腫らしながら、ソフィヤは涙をこらえている。
レオネアは細い目をさらに細めながら、少女に洞窟の奥を指し示した。
「ここでないなら、もう少し奥でしょう。行って、探してきなさい」
「……あ、あの、一人で、ということでしょうか?」
震える声でソフィヤがたずねると、レオネアは何を聞くのか、とあきれたような顔をした。
「当たり前でしょう!?さっさと行きなさい!」
「……はい」
ソフィヤは俯くと、洞窟の奥へととぼとぼ歩いていく。
「ひどいことするね」
とアナスタシア。
「そうだね……」
コールスも賛同する。
「あの子、大丈夫かな?」
心配そうなアナスタシアの様子を見て、コールスは
「追跡してみようか?」
と提案した。
「うん」
アナスタシアは頷く。
「君は?」
ルミナに聞いたが、
「……アタシはここにいるよ」
と答えたので、それ以上無理には誘わず、そっと少女の後に続こうとした二人の耳に、レオネアのため息が聞こえてきた。
「全く……ミルティースには困ったものです。何も言わずに勝手にいなくなるのですから」
「!」
またもや、ミルティースの名前が出た。
一体、あの魔術師は、そしてこの修道女は何者なのだろう?