34.穏やかな朝
3日後の朝。
コールスはふかふかのベッドの中で目を覚ました。
寝ぼけ眼で窓を見上げれば、すでに日は高くなっている。
「いけない!」
寝過ごしてしまった、とコールスは慌てた。
今日はアナスタシアと一緒に、盗賊たちがいた洞窟まで再び行ってみようと昨晩話していたのだ。
目的は、ミルティースの捜索だ。
盗賊の頭、ダンフォーと手を組んでいた謎の魔術師。
彼女の行方についてはダンフォーも知らないようで、いくら問いただしても明確な答えは得られなかった。
そもそも、ミルティースは盗賊と一緒にあのアジトに住んでいたわけではない。
話によれば、どこからともなく彼らのアジトにやってきて、いつの間にかまたいなくなっているということだった。
となれば、ミルティースがあの洞窟に何か手掛かりを残しているとは考えにくかった。
「でも、何か手掛かりがあるかもしれないじゃない?
それに、コールスのスキルなら、普通の人じゃわからないことも見つけられると思うし」
とアナスタシアは言ってくれた。
そんなわけで、出かける約束をしていたのだ。
コールスは急いで身支度を整えて扉を開けた。
「きゃぁ!」
「うわ!」
扉のすぐ前に立っていたアナスタシアとおでこをぶつけそうになった。
「ご、ごめん!待っててくれたんだ?」
「ううん、私も今きたところだから」
少女は、濃い緑色の長いケープを羽織り、その下に薄緑色のミニスカートを履いている。
膝を超えるロングブーツも緑色だ。
「クレア様のお下がりを貸していただいたんだけど……どうかな?」
アナスタシアはその場でくるりと回って、照れくさそうに笑って頬を染める。
「う、うん!似合ってると思うよ」
白い太腿が一瞬まぶしく見えて、コールスも少しドキリとして頬を染めた。
「朝ご飯も用意していただいたの!」
と、アナスタシアはランチボックスを掲げた。
「そっか、じゃあ道中で食べよう」
コールスが部屋から出ると、廊下の向こうからドタドタと足音が聞こえてきた。
やってきたのはタクトスとその配下の兵たちだ。
「おぉ、コールス殿!良いところに」
とタクトスは汗を拭きながら息をついている。
「どうかされましたか?」
「いや、あの娘が、ルミナが逃げ出したんだ!」
「え!?」
ルミナはあの後、蟲を殺す薬を投与され、解毒が行われた。
投与後の経過は順調で、昨日は立って病室内を歩くことができるようになったとのことだった。
コールスたちは、いろいろと忙しかったこともあってあまり見舞いには行けていなかったが……
「全く……調子が良くなったから、今日から鍵付きの部屋に戻すつもりだったのだが、その前にまんまと逃げられてしまった!」
とタクトスは頭を掻いた。
頭領から裏切られた盗賊の少女は、完全に彼らと手を切ることを明言していた。
伯爵家でも、基本的には彼女を保護するつもりではいた。
領地内での犯罪の処罰については、その土地の領主に任されているから、伯爵が赦すと言えば、彼女の罪は消える。
とはいえ、すぐに釈免しては、領内の治安にも関わる。
「ディークソン伯爵領で盗みを働いても、すぐに赦される」などという噂がたったら、領内に盗賊どもが押し寄せて大変なことになるだろう。
そのため、しばらくは城内に軟禁されることになっていたのだが……
「夜明け近くに看護師が病室に入ったら、すでにもぬけの殻だったんだ。
すぐに兵たちに知らせて、城内を探させたのだが、どこにも見当たらん。
城のどこかには、いるはずなんだがなぁ」
とタクトスは腕を組んでいる。
コールスとアナスタシアは顔を見合わせた。
「恐らくですが、ルミナはもう城の中にはいないでしょう」
「何!?」
驚くタクトスに、コールスは窓の外を指さす。
「彼女は元盗賊ですからね。体の調子が戻った今なら、気配を消して、見回りの隙を突いて城外に出ることくらい朝飯前でしょうね」
「では、あいつはどこに?」
その言葉に、アナスタシアは微笑んだ。
「それなら、私たちが見つけてきましょうか?」
「え?」
タクトスに向かって、コールスも頷いた。
「ルミナは、戻っているはずです。自分たちのアジトだった場所に」