3.奈落
「退却だ。マーサはミリアとリュートを連れて先に!」
ウォレスの指示で、後衛の3人は列の先頭へと移動する。
ウォレス、ギリアムは敵をけん制しながら、後ろ向きに走っていく。
ミノタウロスが棍棒を振り上げると、
「このっ!」
ウォレスは槍に力を込めて一気に突き出す。
槍の穂先から円錐状に剣気が飛び出して、敵の腕へと飛んだ。
「グ……!」
手甲にひびが入り、ミノタウロスは怯んだ。
スキル”突撃強化”と槍術を組み合わせたクレスの技。
一撃でここまでアーマーミノタウロスに傷を負わせられる人間は、ギルドではウォレスとギリアムくらいだ。
それでも奴にはかすり傷程度でしかなく、たいして血も流れていない。
原因は奴らの全身を覆う長い体毛だ。
一本一本が針のように固く、下手な冒険者が斬りつければ剣のほうが刃こぼれしてしまうだろう。
「このまま戦ってもらちがあかない!とにかく走れっ!」
とウォレス。
必死に走っていると、やがて前方に光が見えてきた。
この階層の出口だ。
出口の先には水のない大きな谷があって、つり橋がかかっていた。
「向こう岸についたら、奴らが渡ってくる前につり橋を落とすぞ!」
ウォレスの言葉に一同は頷いた。
まずはマーサ、ミリア、リュートがつり橋を渡っていく。
続いてギリアム、ウォレス。
コールスが橋の中ほどに来るときには、もう先頭のミノタウロスはつり橋を渡り始めていた。
そして――
ブヂヂッ
と音を立てて、つり橋の敵側の縄が切れ始めた。
(イヤだ嫌だ!僕が渡りきるまでもってくれよ!)
コールスがそう祈りながら走っていると、
ザンッ
橋を渡り終えたギリアムが、つり橋の縄を剣で切り落とした。
「え?うわっ!」
橋が傾き、反射的に手すりの縄を掴む。
(なんで!?どうして、僕まで落とされようとしてるんだ!?)
縄が切れた衝撃で、つり橋は大きく揺れて、先頭のミノタウロスは谷底へと落ちていった。
「ひぃ!!」
振り返って闇に吸い込まれていくモンスターを見つめていると、
ザンッ
「えっ!?」
再び縄が切られる音に向き直る。
つり橋のたもとにはウォレスが立っている。
彼の槍が振り下ろされている。
(まさか、今のは、ウォレスさんが……?)
「っ……ああぁあああっ!!」
目の前の出来事を拒絶するように。
虚空に向かって助けを求めるように。
絶望的な声が喉奥からほとばしり出た。
(あぁもう死ぬんだ!)
恐怖で、すうっと気が遠くなる。
『オートスキル、“緊急身体強化”を発動します』
脳内に音声が響く中、コールスの意識は途切れた。




