29.思わぬ刺客
コールスは、ルミナの身体に起きた異変を調べることにした。
「ナーシャ、“防毒”と“防呪”と“解毒”、それと“鑑定”のスキルをくれないか」
「……うん、気を付けて」
コールスはアナスタシアからスキルを受け取ると、それらを発動させて牢の中に入った。
「ちょっと失礼」
医師の隣に座り、ルミナの腕をとる。
鑑定のスキルを使って目を凝らしていたコールスは青ざめた。
ルミナの身体には、無数の“蟲”がいたのだ。
目に見えないほど小さな蟲が群体を作り、それが黒い斑点として見えている。
この蟲から出る毒が、ルミナを苦しめているのだ。
解毒のためにルミナの腕に触れたとき、コールスは傍らにいる医師の腕に、その蟲が移っていることに気づいた。
「先生、離れてください!」
とコールスは声を上げた。
「ん!?」
「この子の身体には目に見えない蟲がいます。奴らは皮膚を伝ってほかの人にも移るようになっているんです!」
「何!」
医師は驚きに目を見開いた。
コールスは自分の手を見る。黒い斑点にはなっていないが、確実に移ったことは分かった。
「コールス!」
と叫んで駆け寄ろうとするアナスタシアに、
「近づくなっ!」
コールスは鋭く言い放った。
「こ、コールス……」
アナスタシアは小さく震えている。
「……近づいちゃダメだ。僕にももう移ってる」
防毒スキルによって、蟲の毒は無効化されている。
だが、このままでは蟲は全身に広がってしまうだろう。
コールスは手で床やベッドに触れてみる。
しかし、そこに蟲が付着したり、広がっていく様子はない。
「この蟲は人の皮膚同士が触れ合わないと移らないみたいですね」
「ならば、とりあえずこの娘と、我々自身をこのままここに閉じ込めるのが最善か。
そうすれば、私たちが蟲の毒で死んだとしても、それだけの犠牲で済む」
と医師は冷静に言った。
「そ、そんな先生!」
涙目になっている看護師を医師は叱りつけた。
「うろたえるな!とにかく、牢のカギを閉めてくれ。そして、このことを伯爵様とクレア様に報告してくれ」
「いえ、僕はここを出ます。屋敷を出て、盗賊団の頭領を探します」
コールスはそう言って、一同を見渡した。
「恐らく、元凶は彼です。ルミナは『頭領は“奥の手”を持っている』と言っていました。
その奥の手とはこの蟲のことでしょう。
この子に蟲が宿っていると知らずに手当をした先生に蟲が移り、そこから、看護師さんやほかの人にどんどん蟲が移って増えていく。
そして、屋敷全体に広がるころには、蟲の毒によって全員が苦しみ、やがて死んでいく。
きっと、そういう作戦だったんです!」
コールスは唇を噛んだ。
盗賊団はこれ以上攻めてこない、と思っていた。
攻めてこない以上は脅威にはならない。そう思っていた。
――けどまさか、こんな“刺客”が潜んでたなんて!鑑定スキルのおかげで気づけなかったら、本当に奴らの思うつぼになってたな……
コールスは拳を握った。
――とにかく、ここを出よう。
そして、盗賊団のところに行く。奴らなら、蟲の殺し方を知っているはずだ。
幸い、アナスタシアからもらった攻撃スキルが複数ある。
これでなんとか、奴らと渡り合えるだろう。
立ち上がり、鉄格子の外に出ようとしたコールスは、ふわりと甘い匂いに包まれた。
気づけば、アナスタシアがコールスに抱き着いていた。
――なんてことを!
血の気が引いたコールスは思わず、
「ば、馬鹿っ!」
と叫んだ。
「バカでいいもんっ!」
負けないくらいの声で少女は叫んだ。
「……!」
振り返ると、アナスタシアは泣いていた。
「また一人でどこかへ行かないでよ!
一人で全部背負って、いなくならないでよ!
……言ってたじゃない、『僕はいつでもナーシャの傍にいる』って。
私も同じよ、ずっとあなたの傍にいたいの。
ずっとあなたのことを支えたいの。
それで毒に蝕まれても構わない。命を落としても構わない。
だから、だから……」
琥珀色の瞳から零れる真珠の涙を、コールスはそっと拭った。
「……分かった、一緒に行こう」
「コールス……!」
少年は力強く立ち上がった。
絶対に負けられない。
アナスタシアのためにも、負けるわけにはいかない!
必ず、頭領を屈服させて、蟲について聞き出してみせる!
* * *
それから数時間後。
伯爵家から遠く離れた、ある洞窟。
その入口から少し入った所に盗賊団の男が2人いた。
彼らは槍を小脇に挟みながら、煙草をふかしている。
「ふぅ~~、静かなもんだなぁ」
「そうだな。どうやら、伯爵家からの追撃はないみてぇだな」
「そりゃそうさ、奴らからすれば、自分らの命と金が守れればそれでいいんだからな」
「まぁな。けど、このままじゃルミナがかわいそうだ。早く助けに行ってやらねぇといけねぇんじゃねぇか?」
すると、相手の男は声を潜めた。
「いや、それがよ、どうもお頭はルミナを助けるつもりがねぇみてぇなんだよ」
「まさか!頭領に限ってそんなことは!」
「俺も自分の耳を疑ったよ、けど、こっそり聴いちまったんだよ、お頭とミルティースさんが話しているところ……をぉ!?」
男は絶句した。
その背中に冷たい刃が当てられていたからだ。
横目で見ると、いつの間にか相方は気絶している。
「だ、誰だっ……!」
男の問いに、獣人の少年は低い声で答えた。
「案内してもらおうか、お頭のいるところへ!」




