28.ルミナの意地
ルミナは医務室内にある牢に閉じ込められていた。
昨日、身柄を確保された後は、医務室で治療を受けていたからである。
少女は牢の床にあぐらをかいて腕を組み、鉄格子に背を向けて座っていた。
「あ、コールス様、ご覧になられますか?」
「はい、お願いします」
コールスが部屋の入り口で看護婦と話しているのを聞くと、ルミナはパッと立ち上がり鉄格子にしがみついた。
奥歯をぎりぎりと噛みしめながら、コールスを睨みつけている。
「お前!頭領はどうなったんだっ!」
コールスが近づくと、ルミナは大声を上げた。
「君の頭領は逃げていったよ」
とコールスが答えると、少女は訝し気な顔をした。
「本当か?」
「フン、もし捕えていたら、とっくに縛り首にしているさ。お前ともどもな」
と、コールスたちの警護についている兵士が苦々し気に言った。
昨日の戦いでは、伯爵家の兵士にも犠牲が出てしまい、兵士たちも盗賊側に恨みを持っていた。
少女は紅い瞳を怒らせていたが、やがて意地悪そうな笑みを浮かべた。
「まぁいい。頭領が無事なら、そのうちまたやって来るさ。そのときがお前たちの命日だ!」
コールスたちは顔を見合わせた。
「本当に頭領が戻ってくると思っているのかい?」
コールスが聞くと、
「もちろん!頭領からは『お前は盾になってくれ、後から必ず助けるから』って言われたのさ。頭領は約束を守る人だからな!」
とルミナは自信満々に答えた。
「まぁ、昨日は不意を突かれたからな。
一時的に退却するしかなかったが、今度は違うぞ?
頭領には“奥の手”があるんだ、せいぜい楽しみにすることだな!」
そう言うと、鉄格子から離れ、再び壁を向いて座ってしまった。
* * *
「あの子が言ってた、“奥の手”ってなんだろうね?」
自分たちの部屋に戻る途中、アナスタシアはそう言って首を傾げた。
「さぁ……でも昨日、仲間の遺体から煙を出して逃げたことを考えると、まったくのハッタリとも思えない。気を付けた方がいいだろうね」
遺骸が爆発するように見せかけたあの手法には驚かされた。
後から調べたところ、服の内側全体に煙が出る仕掛けが施されていて、胸元の一か所を突くと、それが発動するようになっていた。
――とはいえ、もうやってこないと思うけどなぁ。
戦闘においても、また隠密行動においても、圧倒的な差があることは向こうも痛感したはずだ。
これ以上、伯爵家に手出しするメリットはない、と分かっていると思うのだが……
それでも、曇りのない瞳で「助けに来る」と言い切った少女のことを思うと、どことなくやりきれない思いがするのだった。
それから3日間。
コールスとアナスタシアはアルクマールの手がかりを探すことに取り組んでいた。
ルミナには会わなかったが、ある時、コールスたちは担当の看護師と偶然会った。
「こちらが出す食事にはまるで手をつけてなくて、水だけ飲んで渇きを凌いでるんです」
と看護師はしきりに嘆いていた。
「敵の施しは受けない、ってことか」
コールスは腕を組んだ。
「でも、このままじゃ倒れちゃうよ」
とアナスタシアは痛ましそうな表情を浮かべる。
それを見たコールスは、看護師に頼んでみた。
「……もう一度、彼女に会えませんか?」
コールスたちが牢の前に来ると、
「また来たか」
とルミナは鼻で笑った。
少し痩せたようだが、眼はギラギラと輝いたままだ。
「あれからもう3日だ。もう、諦めたほうがいいんじゃない?」
コールスの言葉に、
「フン、3日がなんだ。あと3年でも待って見せるよ」
と肩をすくめる。
「お前こそ、3日も経てば主人を見限って寝返るのか?犬ッコロのくせに白状なんだなぁ?」
ルミナの煽りに、アナスタシアが
「ちょっと!」
と詰め寄ろうとするのを、コールスが「まぁまぁ」とやんわり宥める。
「うちの頭領は人情に厚い人さ!どんなときだって仲間を見捨てたことはない!
ジェイクが一人でここに乗り込んだときも、助けに行こうと言ったのは頭領だ。
まぁ、ジェイクのほうは頭領の足を引っ張りたくなかったみたいだけどね。
だから、勝手に死んでしまった……」
そういいながら、ルミナは寂しそうな顔をした。
「まぁ、アタシはそんなことしないけどね。
頭領は『絶対に死ぬなよ』って言ってくれたし!
団のみんなが来てこの屋敷を攻撃しはじめたら、アタシも暴れてやるつもりだからね!」
と不敵に笑っている。
コールスは静かな声で、
「そんなことはさせない。今度もこの家を必ず守ってみせるよ」
と反論した。
「フン、随分と貴族サマの肩を持つじゃないか!領地のことなんてそっちのけで放蕩に耽ってたバカ領主に尻尾をふるなんてさ」
コールスは首を振る。
「今回の事で、伯爵さまもハッキリと考えを改められたよ。
きっとこの家もご領地も良くなっていくと思う。
君も、そして君の仲間も、もう盗賊なんてやめて真っ当な道を選んだほうが良い。
そうすれば命まで失うことも――」
ドン!
盗賊の少女は拳を床に叩きつけた。
「冗談じゃないっ!命を惜しんでそんなみっともない真似ができるか!
だいたい、盗賊だからってなんでも一緒くたにされちゃたまらないよ。
アタシたちはそこらのコソ泥とは違う!
金をいただくなら絶対に金持ちしか狙わないし、弱い者いじめなんてしない!
だから今回の計画にだって――」
そこまででルミナの言葉は途切れた。
「う!」と呻いて腕を押さえたからだ。
「ど、どうしたの?」
とアナスタシアが声を上げる。
「な、なんでもない……」
とルミナは言ったが、明らかに何か痛みをこらえているような表情だった。
「なんでもないって……」
「うるさい!とにかく話は終わりだ!」
そして再び壁を向いて黙り込んでしまった。
それから2日後。
図書室で調べものに没頭しているコールスとアナスタシアの元に、看護師が駆けこんできた。
「た、大変です、あの子が苦しみだして!」
コールスたちは医務室へと駆け込んだ。
牢の中には、身体を丸めて目を瞑り、苦しい呼吸をしているルミナの姿があった。
「ルミナ!」
牢のカギは開けられていて、伯爵家所属の医師が少女の様子を診ていた。
「今朝はなんともなかったんだが。今はごらんの有様だ」
と言いながら、医師は少女の腕をコールスたちに見せた。
「これは……!」
「ひどい……!」
思わずコールスたちは息を呑んだ。
ルミナの細い腕には、黒い斑点が浮き出ていた。