27.真実の行方
翌日、コールスとアナスタシアはディークソン伯爵の書斎を訪れていた。
「すごいね!」
「うん……!」
使用人の案内で入った部屋は、壁全体が本棚になっていて、様々な資料やアイテムが机の上に散乱している。
それを眺めていると、伯爵本人が入ってきた。
「いや、遅れてすまない。いろいろ後始末をしていたら遅くなってしまってね」
「いえ、お忙しい中すみません」
コールスたちは首を振った。
本来ならあと4日で行われるはずだったクレアの結婚式。
ミードクの悪事が明らかになった今、婚約の破棄や、各所への連絡で伯爵やクレアは大忙しなのだった。
「さて、私の研究成果をお見せしようか。
何百年間も眠っていた我が家の古文書を読み込んで解き明かした、先人たちの取り組みについて……」
そう言うと、伯爵は傍らにあった紙の束をコールスに渡した。
コールスはそれを何枚かめくって読んでいたが、
「これは……!」
と声を上げた。
そこには、
“スキルの複製と分配について”
と書かれていた。
伯爵は、フフッと微笑んだ。
「そう。アナスタシア君にかけられた“呪い”、そしてそれに伴って発生する能力について、ディークソン軍事研究所では開発に取り組んでいたというわけだ」
「あの、アルクマールはこの研究所に協力していたんでしょうか?」
アナスタシアの言葉に、伯爵は首を傾げた。
「アルクマール、というと“白竜の魔女”のことか?」
「はい」
伯爵はしばらく考え込んでいたが、
「私が調べた限りでは、彼女の名前は資料の中になかったと記憶しているが……アルクマールについて何か知りたいことがあるのかね?」
と質問した。
「はい、実は……」
そう言ってアナスタシアは、自分の出自について語った。
伯爵は、目の前の少女がアルクマールによって500年前に生み出された魔法生命体である、ということに目を円くしていたが、話を聞き終わると、うーんと腕を組んだ。
「なるほど。確かに“白竜の魔女”は天才だったのだなぁ。既に研究を完成させていたとは……だが、そうすると分からなくなるな」
と伯爵は頭を掻いた。
「ディークソン軍事研究所では確かに、スキルを変化させる“呪い”について研究がされていた。しかし、それはまだ300年前の段階でも研究途中だったんだ」
「!」
「一度は成功している白竜の魔女が協力していたなら、そんなに時間がかかるわけはない」
「でも、協力関係がないのなら、どうして彼女の研究成果であるナーシャが、あの研究所跡で眠っていたのでしょう?」
アルクマールにとって努力の結晶であり、妹のように可愛がっていた少女を、なぜ研究所に渡したのだろう?
すると、伯爵は
「こうは考えられないかな?アナスタシア君は研究所に渡されたのではない。研究所がアルクマールの元から奪い去ったのだと」
と言った。
「そんな!伯爵家が略奪をしたと、おっしゃるんですか?」
コールスが戸惑った声を上げると、伯爵は苦笑した。
「あくまで仮定の話だよ。
私とて、自分の先祖を悪く言いたいわけではない。
だが、あそこでは軍事研究をしていたのだ。
機密、という名のもとにどんな事が行われていてもおかしくない。
それに、昨日言ったようにこれは世界を変え得る力だ。
考えてみたまえ。
コールス君のように、最高レベルのスキルを扱えるものが何百人も生まれたとしたら。
アナスタシア君のように、無限にスキルを生み出せるものが何百人もいたとしたら。
もうそれだけで、戦場の常識は変わってしまうのだ」
そう言って、伯爵はため息をついた。
「だからこそ、私は没頭したのだ。先祖が追い求めた夢を私も追いかけた。
私が当主になったころには、既にこの家は没落しかけていた。
だが、この技術をモノにできたら、我々は莫大な富を手に入れられる。
この家を再興できる。そう思っていたのだが……
結局、悪党に付け入るスキを与え、クレアを苦しませることになってしまったな……」
その後、改めて二人には、古文書の保管庫や伯爵の書斎を自由に出入りして、好きなだけ調べて良い、という許可が下りた。
書斎を出て廊下を歩いていると、向こうからタクトスがやってきた。
彼は少し緊張した顔で言った。
「例の、盗賊の女が目を覚ましたんだ」
「ルミナが!?」
「行ってみよう!」