22.謎の来訪者
その晩、コールスは一人、城館の門の前に立って見張り番をすることになった。
空は曇っていて、月も星も見えない。
「本当は、ナーシャの部屋の前にいたかったんだけど……」
と、ため息をつく。
この家の実質的な主人であるミードク自身が、アナスタシアを狙っているかもしれない、という懸念は消えていなかった。
「でも、ミードクさまやクレアさまも守るって言ったからには、お城全体の見張りもしないわけにはいかないでしょ?」
とアナスタシアは言った。
「このお屋敷にはディークソン研究所に関する記録があるかもしれないのでしょう?それは同時に、アルクマールに繋がる手がかりかもしれない!」
そしてそれを思う存分調べようと思うなら、ミードクが示した条件に従い、彼らの護衛を引き受けるべき。
そう思って、アナスタシアはその条件を飲んだのだ、
――まぁ、領域探知(Lv.99)があれば、屋敷の中も分かるし大丈夫かな。
と、コールスは思い直した。
領域探知を発動している今、コールスの目の前には、城館を中心とした地図が白い光で描かれている。
探知領域内にいる人間は、光の点となって地図のなかに現れている。
さらに、地図を拡大すれば、城館の中の間取りも見ることができる。
アナスタシアに用意された寝室の中にある光点はただ一つ、彼女自身のものだけだ。
もし誰かが寝室に侵入すれば、すぐに分かる。
その時は、念話(lv.99)でアナスタシアに危険を知らせれば、彼女が窓を開けて逃げることもできるし、その間にコールスも駆け付けられる。
今、アナスタシアの光は白く輝いている。彼女が眠っていることの表れだ。
「ぐっすり眠れているかな?」
コールスが穏やかな心でその光点を眺めていると、誰かが近づく音がしたので、スキルを発動したまま地図を閉じる。
念のため、コールスがあらゆるスキルを最高レベルで駆使できることは、伯爵家の人々に知らせていない。
「ご苦労さん」
そういって歩いてきたのは、タクトスだった。
「お疲れ様です、タクトスさん」
コールスが答えると、槍を携えた武人は、申し訳なさそうな顔をした。
「すまんな、いきなり門番を頼んでしまって」
「いえ、護衛をお引き受けするといった以上は、どんなことも嫌とは申しません」
「そうか、ありがとう……何せ、人手不足でな。昔は私のような私兵ももっといたものだが」
と、タクトスは寂し気に首を振った。
「タクトスさんは、お仕えされてから長いんですか?」
「あぁ、父の代からな。だから私も、小さいころから伯爵さまやそのご家族を守るためだけに、日々鍛錬に励んできた。……最も、こんなことになるとは思ってもみなかったがな」
そう言ってため息をついた後、タクトスは頭を掻いた。
「おっと、いけない。世間話をするために来たわけじゃなかった。交代しに来たんだ」
「え!?まだ時間ではありませんが……」
「まぁそうなのだが、クレア様のお計らいでな。やはりコールス殿は本来の主人である、アナスタシア嬢の傍におられるのがよろしいだろう、ということになったのだ」
「そうでしたか、ありがとうございます!」
コールスは優しい貴婦人の心遣いに甘えることにして、城門を離れて屋敷へと戻った。
静かな廊下を歩いて、アナスタシアの寝室前にたどり着くと、その扉の傍らに腰を下ろした。
ふうっと息をつく。いくらスキルがあっても、こうして実際に少女の近くにいた方が安心する。
「今日はいろいろあったな……」
と、コールスは一日の出来事を思い返していた。
* * *
「……っと、いけない!」
コールスは慌てて目を覚ました。
いつの間にか、眠りかけていたようだ。
すぐにスキルで寝室の扉の向こうを探る。
相変わらず、そこに眠っているのはアナスタシアだけだ。
ほっと息をつきながら、念のため、領域探知の地図を再度広げてみる。
すると、城門に一つの光点が近づいてくるのが見えた。
やがてそれは、城門近くにいるタクトスと向かい合った。
そして、2つの光点は列になって、屋敷のほうへと近づき始めた。
「来客、かな?」
こんな夜更けに誰だろうか?
不審に思ったコールスは、密かに近づいてみることにした。
タクトスは謎の客を連れて屋敷に入ると、ぐんぐんと歩いてくる。
コールスも静かにそちらへと近づきながら、
「“気配遮断”、“不可視化”、発動」
二つのスキルを発動させて、自分の姿が見えないようにした。
やがて、タクトスが廊下の向こうから歩いてきた。
その後ろにいるのは、全身をコートで覆った人間だ。
コールスは二人とすれ違った。
向こうは全く、コールスに気づいた様子はない。
謎の客は頭に深くフードを被っていて、その正体は分からない。
――嫌な予感がする。
コールスは2人のあとをこっそりとつけた。
やがて、2人はミードクの執務室の前で立ち止まった。
タクトスがノックをする。
「タクトスです。お連れしました」
「うむ、入れ」
ミードクの言葉に応じて、タクトスと謎の客は部屋に入っていった。
コールスは閉じた扉の前で、中の様子を伺った。
――“透視”、発動!
透視(lv.99)によって、中の様子は手に取るように分かる。
謎の客は、被っていたフードを外した。
中から現れた男の顔は、ひどく痩せて顔色が悪かった。
眉間は険しく、ぎょろりとした二つの眼からは鋭い光が迸っている。
男はソファに腰を下ろすと、ドンと目の前のテーブルに足を乗せた。
「俺が来た理由は、分かっているな?」
その言葉に、ミードクは重々しく頷いた。
「もちろん。昨日貴殿らを襲った冒険者のことだな?」
「そうだ、昨日、我ら”火車の爪”は多くの仲間を失った。
あんなのは計画にはなかったハズだ。
一体、あれは何だ?奴は今どこにいる!?」
男は獣のように喉をうならせた。
コールスの背中を冷や汗が流れた。
――奴は昨日僕がやっつけた盗賊団の一員だ!それがどうしてここにいるんだ?