21.交換条件
日が暮れるころには、コールスとアナスタシアは食事の席に通された。
会食に出席したのは、コールスたちの外にはミードクとクレアだけだった。
この屋敷の主人、ディークソン伯爵本人は姿を見せなかった。
「申し訳ありません。父は極度の人嫌いで、家人以外とは誰とも会いたがらないのです」
そう言って頭を下げるクレアに、
「あぁ、本当にお気になさらないでください。伯爵さまにまで来ていただいては、私たちも申し訳ありませんから」
とコールスは手を振った。
その席で、コールスはミードクたちに、ディークソン軍事研究所跡のことについて聞いてみた。
アナスタシアは自分のルーツについて調べており、辿っていくうちにディークソン軍事研究所に関わりのあった人物が浮かび上がってきたのだ、と説明した。
ぼやかした言い方ではあるが特段嘘は言っていない。
しかし、伯爵家の反応はいまいちだった。
「ふぅむ、確かにあの辺りは伯爵家の管轄であるし、そこにダンジョンがあるということは権利書にもあったが。詳しくは知らんなぁ」
とミードクは言った。
クレアのほうも、申し訳ないという顔で答えた。
「そうですね、研究所が廃墟になってもう二百年以上経つのでしょう?私も父からは何も聞いていませんし、管理は冒険者ギルドにお任せしていますから……」
「そうですか……」
アナスタシアは意気消沈している。
「このお屋敷の中に、書庫などはありませんか?そちらでしたら、過去に管理しておられた施設についての記録なども残っていると思うのですが」
コールスがたずねると、クレアは細い顎に指をあてた。
「確か、離れに書類の保管庫がありますわね」
「もしよろしければ、そちらを見せていただくことはできませんか?
もちろん、権利書や証文などお家に直接関わるものは一切見ませんので。
よろしくお願いいたします!」
コールスが頭を下げると、クレアは困った、という顔で婚約者のほうを見た。
ミードクは目を瞑り腕を組んで沈黙していた。
さすがに厚かましすぎただろうか?とコールスは一瞬不安になったが、
ミードクはにっこりと笑って
「いいだろう。クレア様、保管庫のカギをコールス殿にお渡しください」
と言った。
「あ、ありがとうございます!」
「その代わり、と言っては何だが、こちらの願いも聞いてもらえるだろうか?」
その言葉に、コールスとアナスタシアは顔を見あわせる。
「どのようなことでしょうか?」
とアナスタシアがたずねた。
「先ほどの襲撃のように、私はこのところ命を狙われている。
正体は分からぬが、今回の婚姻を取りやめなければ殺す、という脅迫が何度も届いていてな。
今まで実害はないため放っておいたが、その結果、危うく本当に命を落とすところであった。
そこでコールス殿、そなたに私たち二人の護衛を頼みたいのだ。
期間は今から5日後、婚姻の儀が終わるまでだ。いかがかな?」
「なるほど。ですが、私の契約主はあくまでアナスタシア様です。それをないがしろにするわけには……」
「いや、アナスタシア殿の護衛の「ついで」で良いのだ。この屋敷に逗留する間、目を配ってくれればよい。何か不都合があれば、アナスタシア殿の護衛を優先してもらって構わない」
――困ったことになったな。
とコールスは思った。
「……わ、私が決めるわけにはいきません。アナスタシアさま、よろしいでしょうか?」
コールスはアナスタシアのほうを見た。
アナスタシアは微笑んで頷いた。
「承知しました。コールス、ミードク様とクレア様のこともお願いしますね」
「ふむ、決まりだな。それではよろしく頼んだぞ」
コールスとアナスタシアは深く頭を下げた。
しかしその時、ミードクの眼に一瞬、再び獣のような鋭い眼光が宿り、アナスタシアを見つめていた……