16.探索の日々
それから3週間後。
コールスとアナスタシアはギルドに来ていた。
「やぁ、コールス!ってすごい荷物だな!」
コールスが足を踏み入れると、入口近くにいた職員が驚いた声を上げた。
「どうも、ご無沙汰してます」
頭を下げたコールスは、背丈の2倍はある麻袋を背負っていた。
アナスタシアはその袋を後ろから支えている。
「これ全部ドロップアイテムかい?」
目を円くしている職員に、アナスタシアが答える。
「はい、丸5日ダンジョンにいたら、結構貯まっちゃって。ピアーザさん、いらっしゃいますか?」
ピアーザというのは、このギルドの解体師兼整備師のことだ。
その見識の高さから、ダンジョンでの採集物やドロップアイテムの鑑定も行っている。
「あぁ。ちょうど工房にいるよ」
「ありがとうございます!」
2人は頭を下げると、フロアを通り抜けていった。
フロアにたむろしていた冒険者たちは、そんな2人を見送る。
「すげぇよなぁ、コールスの奴」
冒険者の一人がつぶやくと、仲間が頷いた。
「あぁ、この3週間はあのダンジョンに通い詰めだからな。今は50階層近くを探索してるって話だ」
「ほぼ最下層じゃねーか!俺たちゃまだ20階層手前だってのに」
と、冒険者はため息をつく。
「大したもんだよな、獣人ってのは」
「だな。本能が目覚めるだけであんなに強くなれるんだからよ」
ただの探索師&荷物持ちにすぎなかったコールスが、なぜこれほどまでに強い冒険者になったのか。
それについては、ギルドのほうから「ダンジョン内でさまよううちに、生き残るために獣人の本能が目覚めた結果である」と嘘の発表がされていた。
それは、アナスタシアを守るためであった。
もしコールスの能力について本当のことを言えば、アナスタシアの秘密まで暴かれてしまう。
無数のスキルを内に秘め、それを他人に与えられる少女。
それがバレたら、どんな輩に付け狙われるか分からない。
「それにしても、アナスタシア、だっけ?あんなイイ女まで連れてるんだからなぁ」
「かわいいよなぁ、ナーシャちゃん!肌は白くて、髪はサラサラ、まつげも長いし――」
突如現れた美少女に、男どもはすっかり虜になっていた。
「そうだな。あーっ、オレもいい女を抱きてぇなぁ」
「だったら、コールスたちの仲間になるか?結構稼げるぜ?」
「へっ、命が10個でも20個でもあるならそうしたいんだがなぁ。全く、あいつもあんなに稼いでどうすんのかね?」
「そりゃ決まってんだろ、愛する女のためにつぎ込むのよ!」
「はーっ、やっぱいい女ってのは金を喰うもんなんだなぁ!」
冒険者たちはそう冗談を交わしたが、もちろん、コールスはアナスタシアに貢ぐためにダンジョンに潜っているわけではない。
アナスタシアの生みの親、アルクマールの手がかりを探っているのである。
アルクマールは、はるか北の国、ルクスグラード皇国に住んでいた。
「私も、そこで生まれ育ったの」
とアナスタシアは言った。
しかし、気が付けば全く違う場所にいた。
あの宝箱に入れられ、封印して運ばれた、ということだろう。
「でも、そのときのことは憶えていないの。思い出そうとしても、頭にモヤがかかったみたいになっちゃって……」
何か記憶を阻害する術が彼女にかけられているのだろう。
「私、アルクに捨てられちゃったのかな……」
淋しげにそう呟くアナスタシアに、コールスは反論した。
「そんな!だって、それまでは仲良く暮らしてたんでしょ?」
アナスタシアはアルクマールが研究のために生み出した魔法生命体だ。
けれど別に虐げられていたわけではなく、むしろ姉妹のように仲は良かったという。
「何か事情があったんだよ、きっと」
とコールスは慰めた。
とはいえ、なぜ彼女がアナスタシアを手放したのかはさっぱりわからない。
だから、なんとしても突き止めたかった。
アルクマールが何を考えていたのかを。
その手がかりは必ず、アナスタシアが眠っていたあのダンジョンにあるはず。
そう考えたコールスたちは、日夜探索に励んでいた。
そして――
「ピアーザさん、これ見てください!!」
そう言って、コールスがドサッと麻袋をカウンターに置くと、ピアーザは
「おいおい、そん中にはレアアイテムも入ってるんだろ?もっと丁寧に扱ってくれよ」
と注文をつけた。
スピアタートルのトゲ付き甲羅、マジッククロウの体内から取れる魔晶石など、このところ、コールスたちが工房に持ち込む戦利品はどれも、めったに目にかかれないようなモノばかりなのだ。
しかし、コールスは
「いえ、もっとすごいものがあったんです!」
と言った。
興奮した様子のコールスの顔を見て、ピアーザは何が起きたのかを察した。
「もしかして、嬢ちゃんの過去について何か分かったのかい?」
口が堅いピアーザには、2人の秘密を打ち明けていた。
「そうなんです!」
と、コールスは力強く頷いた。
「これなんですけど……」
そう言って、アナスタシアが差し出したのは一枚の黒い石板だ。
一見何の変哲もないただの石だが、受け取ったピアーザがその表面に触れると、途端に光の文字が浮き上がった。
「驚いたな、微光精霊群をただの石板に定着させてるなんて、初めて見たぜ!?」
ピアーザの目が輝いた。
この世界に存在する精霊には非常に小さなものがあり、“微精霊”と呼ばれている。
光を発する微精霊を“微光精霊”と呼び、冒険者たちのステータス表示なども、この微光精霊の光で文字を描いている。
しかし、この微光精霊を長期間一か所に留めることは難しい。
特殊な晶石の中に閉じ込めてしまえば可能だが、それ以外の石に定着させようとすれば、非常に繊細な細工が必要になる。
「私は、似たものをよく見てたから不思議には思わなかったんですけど……」
と、アナスタシアは言ったが、ピアーザは大きく首を振った。
「いや、珍しいなんてもんじゃねぇよ。これはもう何百年も前に失われた技術の産物さ!」
「そうなんです、それにここを見てください」
コールスが指さした先には、いくつかの数字が並んでいる。
「これは、日付か?」
「はい、しかも……」
アナスタシアは胸を静めるように一呼吸置いてから、こう言った。
「その日付は、私が最後にアルクマールと一緒にいた日なんです」