11.監察官レイチェル
領域探知スキルに何かが引っかかったらしい。
調べてみると、複数の影がこちらに向かっている。
相手は、高レベルのステルススキルを使用しているようだ。
このダンジョンでこれほどのステルスを使う種はいない。
「モンスターじゃない?……じゃあ、冒険者!?」
* * *
アナスタシアとともにそちらへと向かうと、コールスの予想通り、いや、予想以上だった。
黒いローブを纏い、杖を携えた女性の姿が見えた。
やってきていたのは、ギルドで監察官をしているレイチェルだった。
「あ!キミは、コールス・ヴィンテ!生きていたのか!?」
まさか、本当に?という表情のレイチェル。
「はい、コールスです。正直、自分でも信じられないのですが、なんとか生きています」
レイチェルに同行している数人の人間も、あっけにとられた様子だ。
「というか、すごいものを持っているな。いや、君が力持ちなのは知っていたが……」
レイチェルはコールスが携えている巨大な戦斧に目を見張った。
「あぁ、これですか。ギガントウォーリアのものなんですが、見た目のわりに使いやすくて」
「ギ、ギガントウォーリアぁ?」
常に冷静沈着なレイチェルから、聞いたこともないような声が飛び出した。
本当に目の前にいるのが、あの探索師なのか、と疑ってすらいるようだ。
「それと、そこの女の子は?」
レイチェルの視線に、アナスタシアは警戒するような目のまま会釈した。
「あぁ……何があったのか、僕からお話しします」
そうして、コールスは、ここまでの顛末を全て話した。
話を聞き終わったレイチェルは、うーんと唸って腕を組んだ。
「そうか……スキルレベルの上昇か。加えて、無限にスキル複製ができる女の子……確かにそれで説明はつくが……」
レイチェルは細い顎に手を当てながら、思案している。
「それと……君の転落についてだが、部下が酒場で聞いた話だと、逃げている途中に、モンスターどもの重さで、つり橋が落ちて、君が巻き込まれた、ということだったんだが」
ウォレスたちが冒険者たちに慰められているときに、酒場をそっと離れた男は、レイチェルの部下だったのだ。
「ちょっと!何それ、そんなわけないじゃない!」
怒り心頭、といった感じでアナスタシアは会話に割り込んだ。
コールスが“暁の鷹”からどんな仕打ちを受けたかは、既に彼女に話してあった。
アナスタシアはコールス以上に怒り、絶対に真実を明らかにして、彼らに謝罪させよう、と言ってくれていた。
レイチェルは冷徹な瞳でアナスタシアを見た。
「そんなわけがない、はずがない、などという憶測で私たちギルドの監察官は判断しない。例えそれを言ったのが王侯貴族であろうとね。だからこそ、私は自分の目で現場を見るためにここまで来たのだ。そして――」
レイチェルは自分の後ろを指さした。
「さっき、君が落ちたというつり橋の跡を私たちは見てきた。残っていた吊り縄の切れ端はすべて、自然にちぎれたような形になっていた」
「そんな!」
「どうして!?」
コールスとアナスタシアは同時に声を上げた。
「それはきっと、偽装工作です!」
「そうかもしれない。後から縄を切りほぐして引きちぎれたように見せかけているのかもしれない。しかし、その判断ははっきりいって難しい」
「そんな!それじゃあ、コールスがウソつきだって言いたいの!?」
思わずアナスタシアは、レイチェルに詰め寄ろうとする。
レイチェルはふぅっと静かに息をついた。
「そうは言ってないよ。
いや、私もコールスがウソつきなどとは思わない。君がこれまでどれほど“暁の鷹”のために働いてきたか、ギルドや街の皆のためにがんばってきたか、それはちゃんと見てきたつもりだ。
だから、君が意味もなくパーティを貶めるようなことを言うとは思わない」
そう言って、監察官は微笑んだ。
「レイチェルさん……」
レイチェルは長い髪をかき上げた。
「とは言うものの。君たちの言葉が真実である、という証拠がなければ、どのみちギルド長たちを納得させることはできないんだよね。……やはりここは“自白”をとるしかないな」
「自白?」
「ウォレスたち自身から、真実を聞き出すのさ」
「そんなこと、できるんですか?」
彼らが本当のことを言うとは思えない。
だが、レイチェルは不敵に笑ってこう言った。
「別に、正面切って問いただす必要はないさ。君たちにも協力してもらうけどね。大丈夫、君のスキルを使えばきっとうまくいく!」