10.白竜の魔女
「ふぅ、結構、進んできたかな?」
コールスは滴る汗を拭った。
彼は今、アーマーミノタウロスの胸板の上に立っている。
「よっ……と!」
巨大なモンスターの体に食い込んだ斧を引き上げた。
ギガントウォーリアから奪った斧は、コールスの背丈よりも大きいが、腕力強化(lv.99)を使えば片手で簡単に回せる。
コールスが今いる空間には、他にも3体のミノタウロスが倒れている。
合計4体。ということは、おそらく、あのとき“暁の鷹”に襲い掛かってきた奴らだろう。
(パーティ6人でこいつらから逃げ回っていたのがウソみたいだな……)
だが、コールスは感慨に耽って油断するようなことはしなかった。
念のため、探索スキル(lv.99)を使って、辺りを確かめる。
(これ以上、敵はいないみたいだな……)
「ナーシャ!」
コールスが言うと、岩陰からひょこっとアナスタシアが顔を出した。
少女は手に護衛用の槍を握りしめながら、こちらに歩いてくる。
モンスターの角を加工して、コールスが作ってあげた槍だ。
白い足には、革製の靴を履いている。
「足、痛まない?結構歩いてきたけど」
そういって、コールスは少女へと駆け寄った。
「ううん、大丈夫!コールスが作ってくれた靴のおかげよ!」
アナスタシアは微笑んで、自分の足元を見た。
* * *
数時間前。
裸足の少女のために、コールスは足を採寸した後、手持ちの布や、モンスターから取った革などを使って即席で靴を作ってあげたのだ。
完成した靴を履いたとき、アナスタシアは目を円くして驚いていた。
「すごい!ぴったりよ、コールス!探索師ってこんなこともできるのね!」
「えへへ。探索師だからってわけじゃないけど。実家にいたときは、やんちゃな弟たちが、すぐに靴に穴を開けてたからね。修理するのは割と得意だったんだ」
「へぇ~。フフッ、もこもこしててなんかカワイイ!ありがとう、コールス!」
少女の満面の笑みに、少年は思わず赤面した。
* * *
(こうして見ると、普通の女の子にしか見えないんだけどなぁ)
コールスは不思議な面持ちで、アナスタシアを見つめる。
だが彼女は、500年前に生み出された魔法生命体なのだ。
ここまで階層を上ってくるときに、二人はお互いの身の上話をした。
それによると、魔術師アルクマール・ムルガルが、彼女自身の魔力核の一部をベースに生み出されたのがアナスタシアだという。
アルクマールは当時「白竜の魔女」と呼ばれ、各国の宮廷や政府が召し抱えようとしたほどの実力を持っていたが、ある時ふと姿を消してしまった、と伝えられている。
ただ、その後でも、「アルクマールらしき姿を見た」という情報は絶えることなく世界中にあり、今でもそれは続いている。
「まぁ、アルクは半妖精族だからね。それだけ長生きしていてもおかしくないよ」
「会いたい?」
とコールスは聞いた。
何と言っても自分の生みの親だ。
「うん!……でも、あの人もかなりの変わり者だし、忘れっぽいからなぁ。……500年も経ってるんじゃぁ、私のこと覚えてるかなぁ?」
少女が困ったような、寂しそうな笑顔をしたので、コールスは胸が痛んだ。
「……会いに行こうよ!」
「え?」
少年の言葉に、少女は目を円くした。
「ここを抜けたら、アルクマールを探そうよ。その、一緒に。……僕もパーティを追い出された身で、行くところもないから――」
言っている途中で、アナスタシアが涙ぐみはじめたので、
「あ、ごめん!ダメ、だよね?」
コールスは慌てたが、
アナスタシアは首を振った。
「うぅん、違うの、嬉しいの。ありがとう!そう言ってくれて」
「ナーシャ……」
そのとき、コールスの頭に通知音声が響いた。
『探知領域に感あり』
「!モンスターか!?」