夕暮れ時のいたずらな出来事
今日はハロウィンなので、ハロウィンに関する作品を書きました。楽しんで頂けると幸いです。
年に1回の祝祭・ハロウィン。このお祭りは一体いつから始まっているんだろう。
自室の鏡台の前で侍女達に衣装を着せてもらいながら、15歳のクラメール男爵令嬢であるサロメ・クラメールは思いを巡らせる。
「サロメお嬢様。お支度が整いました」
「ありがとう。メデュー」
衣装の着替えが終わり恭しくお辞儀をした侍女長のメデューに、サロメは優しく微笑みを向ける。
今日は待ちに待ったハロウィン当日。可愛らしい藍色のワンピースに身を包み、少し大きめのバスケットを持ったサロメは、多くの侍女達に見送られながら夕暮れの街へと出かけていった。
「えっと…訪問者リストよし。そして、クレヨンよし」
バスケットの中身を確認しながら、ゆっくりと歩みを進めていく。
サロメのいる国・アンデールは他の国とは少々違うハロウィンの伝統があった。
それは、いたずらとしてクレヨンを使い、お菓子を渡さなかった大人の顔にらくがきをすることが出来るというもの。
この伝統があってか、毎年この時期になると飛ぶようにお菓子が売れる。
落書きされたくない大人はやはり多いということだ。
「……そういや、オーギュスト様、元気かしら…」
夕焼け空を見ていたらとある一人の存在を思い出し、サロメは少し悲しそうな顔を浮かべる。
オーギュスト・デルクール。デルクール侯爵家のご子息で、サロメの幼馴染だ。
年は10歳ほど離れているが、まるで本当の兄妹のように2人は仲が良かった。
しかし、オーギュストは王家の第2王女と婚約し、今は結婚式を控えている。
幼少からオーギュストへの想いを密かに募らせていたサロメにとってはとても辛い現実だった。
気持ちが少し落ち込んだまま街を彷徨い歩いていると、後ろから聞き覚えのある声がサロメを呼び止めた。
「あれ?サロメじゃないか?」
「あ…オーギュスト様…」
後ろを振り向くと、そこには綺麗なアッシュブラウンの髪を持つオーギュスト本人が立っていた。突然の再開にサロメの鼓動が速くなる。
「おっ!その格好にバスケット…ってことは今日はハロウィンか?」
「ええ、そうよ。ハロウィンなの。ハロウィンでは黒に近い服を着て参加するのが条件だから」
「そうかそうか。そういや、サロメは今年15だったな。来年成人だから、ハロウィンに参加出来るのは今年までだな」
「ええ。なので今から精一杯いたずらしに行くことにするわ」
「ふははっ。まあほどほどにしろよ?」
オーギュストから優しく頭を撫でられて、サロメは気持ちよさそうに目を細める。
このひと時がとても幸福で、時が止まればいいのにとサロメは思った。
しかし、いつまで立っても頭に置いてある手が離れることがなかったため、サロメは上目遣いでオーギュストを見つめる。
「…あのぉ…オーギュスト、さま?」
「あ…。すまなかった」
オーギュストはサロメから手を離し、その手で顔を覆ってそっぽを向いた。
彼の耳がほんのり赤くなっているのは気のせいだろうか。サロメはゆっくりと首を傾けた。
「大丈夫かしら?」
「…ああ。だ、大丈夫だ。そういやハロウィンと言ったら、お菓子だな。ちょっと待ってくれよ?」
そう言って着ていた長い上着のポケットを探すオーギュストだったが、お菓子がないのか段々彼の顔が青ざめていく。それを見てサロメはクスリと笑った。
「ふふっ。お菓子を常備していないだなんて、おバカな人ね」
「なっ!い、今からお菓子を買いに行くところだったんだっ!今思い出したんだっ!」
「はいはい。ムキになって、まるで子供ね。顔も真っ赤じゃない」
「ぐぬぅ…そういうお前はお菓子貰えたのか?」
「いえ、まだよ。もしかして私からお菓子を貰えると思ったのかしら?」
クスクス笑いながら冗談混じりに挑発すると、オーギュストはいきなりいたずらな笑みを浮かべてサロメに近づいた。
「そうだな。お前から子供認定されたから勿論お前からお菓子が貰えるってことだよな?」
「…へ?でも貴方もう大人なんじゃ…」
「お菓子を貰えないならいたずらするぞ!」
そう言ってオーギュストはサロメの持つバスケットの中からクレヨンを取り出し、赤のクレヨンでサロメの頬に落書きをし始める。
好きな人の顔が近いのと、動いてはいけないという使命感に襲われ、顔を真っ赤にしたサロメはその場で硬直した。
「よし。出来た」
「…オーギュスト様…私の顔になんて書いたの?」
「ん?秘密」
クレヨンを持ったまま優しく微笑むオーギュストにサロメの胸がドキンと強く跳ねる。思わず恥ずかしくなって顔を背けてしまった。
何を書かれたのか気になってしまうが、それよりもこの自分の高鳴る気持ちをオーギュストに打ち明けたい。
サロメは少し考えた後、意を決してオーギュストにこう伝えた。
「…オーギュスト様。私、伝えたいことがあるのだけど…」
「伝えたいこと?」
「ええ。とりあえず、顔を貸してくださる?」
「ああ。分かった」
また、オーギュストの顔が近くなって息を呑む。
緊張しつつもサロメはオーギュストの頬に緑色のクレヨンで何かを書いた後、悲しさを押し殺して笑顔を向けた。
「…ずっと、ずっとオーギュスト様の事が好きだったわ。…王女様とお幸せにね」
ふと王女様の事が脳裏によぎったサロメはオーギュストの頬に「あなたに幸あれ」という文字を書いた。
もうすぐ別の人と結婚する愛しい人。自分はオーギュストの側にいることはもう出来ない。
だから、最後に笑顔で気持ちを伝えてけじめをつけたかった。
「…サロメ…お前…」
オーギュストが身体を固まらせて動揺している。
その姿を見たら、なんだか少し可笑しく思えてきた。今なら心から笑えそうだ。
「結婚式には必ず行くわ。王女様を生涯幸せにしてあげてね」
思い人の幸せを祈るように微笑んだ後、サロメはオーギュストから離れて街中を進んでいった。
後悔は一切していない。あの場で涙を流していたら、オーギュストはさらに動揺していただろう。どうしても過剰な迷惑は掛けたくなかった。
「…私も前に進まないといけないわね」
オレンジのカボチャのような色をした夕日を身体に浴び、今日初めてサロメは失恋を癒すためにこっそりと泣いたのだった。
※※※※※
「……サロメ…」
サロメが自分の前から去った後、オーギュストはサロメが向かった先を呆然と眺めていた。
そして、さっきサロメが言った告白を思い出し、すぐに顔を真っ赤に染めた。
(…うそだろ…。まさかサロメと両思いだったなんて…)
オーギュストは両手で手で顔を覆いその場に座り込んだ。
実はサロメの頬に「君が好きだ」と書いてしまったのだ。そのことに今更ながら後悔する。
(…くそっ…言うタイミングを逃したじゃないか。王女様との結婚が破棄された事…)
今から3日前、オーギュストは王女様から正式に婚約破棄を言い渡されていた。
理由は、王女様が昔から恋い慕っていた隣国の王太子と両思いになったためである。
つまり、オーギュストとの婚約は王太子を振り向かせるための偽りの契りであった。その事実をサロメはまだ知らない。
(…ふっ、きっと家に帰ったらサロメは驚くだろうな)
鏡の前で驚き顔を真っ赤にするサロメを想像し、オーギュストは嬉しそうに笑う。
また明日サロメの所に行って想いも何もかも全て打ちあけよう。
そして自分からサロメに婚約の申し込みをしよう。
そう決意したオーギュストは立ち上がり、大きく伸びをしてハロウィン用のお菓子と明日サロメに渡すお土産を買いに街に繰り出したのであった。
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