第79話 女神の涙
檻の中では剣を突き付ける狂王と、へたり込む陽子。
くろも本来の小さな姿に戻ってしまっており、力なく狂王に威嚇しているだけだった。
「お前はよく頑張った。だが、もう終わりのようだな。もっとも心は折れてないようだが、どうやってこの俺を倒すのだ?」
「聖樹の武器がなくても、私はメリーさんを、友達を救って見せる……!」
「その気概だけは褒めてやる、あきらめの悪さもな。だが、もう限界なのだろう!」
攻撃を受けて地面に叩きつけられる陽子。
「ははは……この結末を見届ける者はいない。勇者は魔人に討たれ、世界は滅びましたとさってな!」
凶刃が振り下ろされる刹那、自らの名を呼ぶ声。
まだ、終わりたくない。立ち上がり、杖で剣を受け止める。
シルファは怨嗟の檻を抜けて、呼びかけたのだ。
「馬鹿なっ……この檻を抜けてきただと……!
――そうか妖精か。しかも飛べないと来た。憎たらしいが、お前たちには出て行ってもらおう!
この小娘さえ死ねば俺の勝ちなのだからな!」
放たれる衝撃波でシルファは檻の外へと吹き飛ばされる。
しかし、シルファは役目を果たした。
陽子の元に聖樹の武器……聖樹の杖を運ぶことが出来たのだから。
しかし、受け止めていた杖は剣に耐えきれず、二つに折れて、陽子はしりもちをつく。
ニヤリと笑う狂王。
「惜しかったな。とどめだ」
陽子の心臓めがけて剣を突き出す狂王。
「たとえ、にどとしゃべれなくなっても……ようこを、まもる!
――ときを『喰らう』」
くろが最後の力を振り絞って、狂王から何かを削り取る。
時が止まったかのように、動きを止める狂王。
「くろ……? 私のために……?」
くろは、もちもちと頷く。
もう、彼は喋れない。それが彼の選択だった。
「想いはつながっている……ありがとう、くろ」
何とか聖樹の杖を手に取ると、暖かい想い、好意や信頼、そして絆。そういった想いが陽子の心を満たしていく。
しかし、それと同時に効果が切れたのか、再び狂王は動き出す。
「おのれっ……黒き獣めっ……!
最後の最後に邪魔を……! だが、もうその力に頼ることはできまい」
心が動かすままに、陽子は狂王へと駆け出す。
杖で狂王の剣を受け止め、つばぜり合いの形となる。
「この深い憎しみと怒りは決して、打ち砕けぬ。それを今、お前に教えてやる!」
「憎しみや怒りしか知らないあなたに、私は、負けない!」
想いの力込みでも、狂王の方が力は上だ。
少しずつ、陽子の杖を押し返していく。
「小娘、お前は、もう、一人だ。お前は一人で死んでいくのだ!」
「違う! 私は……私の想いは、くろや、皆とつながっている!
たとえ、話すことも、触れることもできなくても、心でみんなの想いを感じ取った!
だから、私は、一人じゃない!」
その言葉に呼応するかのように暖かい光に陽子は包まれ、逆に彼の剣を押し返していく。
美しい。ふと、狂王は彼女に対してそう感じた。
見た目でなく、その強い心に。
彼がそう感じたのと同時に、狂王の剣にひびが入り始める。
「――ああ、俺は、心で、負けたのか」
ヒビは狂王の体全体にまで広がり、ついには砕け散った。
砕け散ると同時に、怨嗟の檻も霧散する。
「ヨーコ! 成し遂げたんだな!」
「うん……でも、一番大事な事が残っている」
陽子は竜の胸元の大結晶へと一歩、また一歩と進んでいく。
「メリーさん……私だよ。今、助けるからね――!」
大結晶に杖を振り下ろす。
結晶は砕け散り、メルエールは解放され、陽子に抱き上げられる。
そして、核を失ったことで竜の姿は霧散する。
「本当……無謀なんだから……」
女神はいつぶりか、涙を流した。