第78話 集う人々
しかし、隕石は一瞬で氷塊となり、粉々に砕け散る。
「どうやら、間に合ったようだな」
絶対零度のエリク。魔王国の英雄がこの場に姿を現した。
「貴様……なぜここに……! 荒れた海ではこの地にわたることなどできぬはず……!」
「だからです。魔術師が空駆ける翼を作り、かつてのイーリスに聖樹を植えたのは。
聖女、いえヨーコ様。遅くなりました」
飛行船から様々な人や魔族が降りてくる。そこには、陽子達が見知った顔も多くいた。
それらを傷つけようにも勝利を確信していたが故に、集中力を切らしており、動くことが出来なかった。
「ぐぐぐ……おのれ、魔術師……! この長い時を経ても邪魔してくるとは……!」
「お前たち! 他の場所はこっちに任せろ! お前たちは奴の心臓部、大結晶を!」
マスクド・ボタンが駆け出し、右前足と対峙する。エリクはまだ弱っていない双頭の片割れを見据える。そして陽子を助けるために集まった様々な人々はそれぞれの意志で二つある頭のうちどちらかに集まる。
そして、陽子達を助けるためにこちらに駆け出してくるヒトが一人。リーベ女教皇であった。
「『ロイヤル・タッチ』! 諦めないでください!
あなた達の友達への愛……私には伝わっています。どうか、メルを助けてあげてください」
なぜか見知ったかのように、メルエールをメルと呼ぶリーベに疑問を持ちながらも、満ちる活力と共に再び双頭の竜と対峙する。
「さんざんコケにしてくれたお礼をしなければな……! まずはそのふざけたマスク男からだ!」
振り下ろす右足。
しかし、ボタンは片手で止める。
「確かに重い、だがこの程度でこのボタンを止められると思うな!」
逆に足を掴んで力づくで引きちぎり、ジャイアントスイングでちぎった足を投げ飛ばす。
前足を失い前傾姿勢となり、陽子達の目指す、大結晶が地面に接地した。
「貴様貴様貴様……! 許さんぞ! だが、お前たちに女神を救うことはできない。この結晶を壊すことは決して叶わないのだからな!」
「それはどうでしょうか?」
聖樹の明かりを掲げるフタバであった。
「もう少しで聖樹から作った武器が完成しますわ。陽子様、どうかそれまで耐えてくださいまし!」
聖樹と聞いて、明確に動揺する狂王。それを見てフタバは笑みを浮かべ、武器を作っている飛行船まで戻っていった。
「聖樹の、武器、だと……? いいだろう、完成を見ることなく終わらせてやる!」
陽子は意志を固めて、杖を構える。
「持ちこたえるよ、皆! もう少しで、メリーさんを救える!」
「ハイ! 必ず助けましょう!」
結晶から魔人が現れ、剣を手にする。
「竜はもはや役に立たぬ。直々に終わらせてくれるわ!」
狂王は、陽子に剣を振り下ろす。それを防いだのはなんとサンゼンだった。
「遅れてわりぃ! 何とか最後には間に合ったな! 五人でアイツをぶっ飛ばしてやろうじゃねえか!」
正真正銘の、最後の戦いが始まった。
ヒトも魔も「陽子を助ける」その目的のためだけに、ここに来ていた。
狂王の怨嗟はとても強いものであったが、この人数の想い相手では分が悪かった。
想いが力となるならばその戦況は一目瞭然であった。
双頭は力なく地に伏す。皆が見守る中、魔人と陽子達は戦っていた。
お互い後には引けない、全力のぶつけ合い。
「こんな終わった世界でなぜそこまで足掻くというのだ! 諦めろ! 諦めろ!」
激しい乱舞が空気を切り裂いて、鎌鼬を引き起こす。
それをアカリが受け止め、タロとローゼス、サンゼンが攻撃を加える。
あまり効かないとわかっていても、心の力で狂王を打ち負かさないといけないのだ。
陽子はくろにまたがったまま、複数のクレセントカッターを展開して追い詰めていく。
片や世界を終わらせるために、片や友達を救い世界を救うために必死に抗う。
そして戦いの末、魔人は信じられないものを目にした。眩しい光、そう、太陽の光であった。
「馬鹿な……! 俺が……竜が穿ち、壊したはずでは……!」
強い想い、ここに来ていない人たちも太陽の復活を、陽子達の無事を強く願っていた。
想いさえあれば、小さなきっかけで太陽は、光の女神は再び目覚めることが出来たとランピィは語る。
「おの……れええええ!」
地面から大量の怨嗟が噴き上がり、陽子と他を分断する。
「こいつさえ、こいつさえ、いなければ……! 絶対に殺す。殺してやる。今度こそ俺の勝ちだ……」
「出来ましたわ! 聖樹の武器が! 陽子様! 陽子様! 返事してくださいまし!」
フタバがほのかに緑色に輝く杖を手に飛空艇から現れるが、一足遅かった。
陽子は怨嗟の檻に囚われて、彼女のいるところまではヒトや魔族の体で通ることが出来なくなっていた。
その時、シルファを乗せた鳥が杖に止まる。
「……私が届けに行きます。この体ならきっと怨嗟の檻も抜けられます」
ローゼスが心配そうに見るが笑顔を返す。必ず戻るからと。
最後の希望を乗せた小さな羽ばたきが怨嗟の檻へと突入した。