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第74話 狂王

 娯楽都市の様子は凄惨たるものだった。クアトラーダム並の濃い瘴気の中で、トロールの気配すらしない、瓦礫の山。

 この中では聖樹の明かりも傾き始めた太陽の光も頼りなかった。

 瓦礫をどけながら一同の馬車は進んでいく。

 

「近くで見ると本当にひどいな……」


「城デいいのデスカ? ハディンがいる場所ハ」


「うん。あの時の直感がそう告げているの」


 やがて、堀に橋を架けるように倒れた大きな城門を渡り、かつての賑わいの中心だった城へと入る。


「嫌なほど静かだ」


「でも、ハディンや狂王は入っているのに気付いているはず。気を付けないと……」


「これ以上は馬車で無理だ。悪いが俺はここで待つ。……信じているからな」


 陽子達は頷いて、馬車を下りて階段を昇る。

 焦げ跡がいまだに目立つ、おそらくハディンが初めて流星群を使った場所。空に大穴を空け、灰とがれきだけになったミュージカルホール。

 この娯楽都市の王は創造。それ故、玉座があるべき場所は創造を紡ぐ場所、巨大なホールなのだ。

 ステージに佇むの男。ハディンだ。狂王は何処?


「ほう、この瘴気に怖気つかずにここまで来たか」


 ぼやけた、男の声。否、二重に重なったというべきだろうか。ステージに登る陽子達に語り掛けてくる。


「ハディン、さん……?」


「奴は私と一つになった。窮屈な結晶の体とはもうおさらばというわけだ……最も、結晶の体を捨てたというわけではないが」


 そう言って、背中に赤い結晶が魔人の姿を形成する。狂王の今の姿だ。

 その姿は恐怖を抱かせるものであったが、ローゼスはひるまずに弓を構えてにらみつける。


「ハディン、何のためにこんなことをしたのかしら?」


「この男は作品を師匠に『褒めるところがない』と言われながら、その作品をかすめ取られ続けていたのだ」


 どういうこと、と言葉が詰まる陽子を見て狂王は、ハディンの肩をつかみ、どういう目に遭ってきたかを教えるように促す。

 そして、ハディンは語り出した。自らの境遇を。奪われた功績を。果たせなかった復讐を。

弱冠13歳で他の誰にも真似できない芸術性を持っていながら、師匠に褒めるところがないといわれながら作品をかすめ取られ続け、その仕返しに師匠の演奏会で火を放てば、その罪でクアトラーダムに投獄された。

 それを聞いて陽子は顔を曇らせる。


「あなたも被害者だったということ……? あの時の言葉は……」


「ああ、そうだとも。僕の心に突き刺さった棘がいつまでたっても抜けないんだ」


 そして語り続ける。狂王の声に導かれて聖域区画を発見し、その槍を持ちだすように言われてその通りにした。釈放されて自由の身になって、ある町に足を運び、その槍の解呪を頼んだことを。


「っ……! やっぱり、お前のせいで……!」


 激情のままに矢を放ち、ナイフを取り出し逆手で振り下ろそうとしたローゼスを結晶の魔人が腕を薙ぎ払い、ローゼスは床に叩きつけられる。

 それを無視してハディンはやはり語り続ける。自由の身になって、今度こそ復讐で師匠を手にかけようとすればすでに病死していたこと。果たせなかった復讐に自らは狂った。いや、すでに狂っていたのだろうと語る。


「だから、教えてやったのだ。『私たちはよく似ている』と果たせなかった復讐。奪われた功績。そして、私もこいつも報われなかったとな」


 王は腕を組んで、こう語った。

 愚かな魔術師が再構築したこの世界を壊してやろうじゃないか、と。


「ソレが、アナタ達の目的、デスか?」


「目的だと? この程度だと思うのか?

 この世界を一度壊し、本来の姿に戻すのだよ。想い、感情がそのまま力となる世界へ。

 お前たちも素晴らしいと思わないか? 思い描くだけで創造できる世界を……」


「心を込めて作り上げたものにこそ想いは宿る。それに、怨嗟で作り上げた世界なんて、悪いけどオイラはお断りだね!」


 タロの言葉に一同は構える。この二人を放っておけば瘴気や結晶が世界中に広がる。そしてトロールやワイトが跋扈するクアトラーダムのようになるだろう。


「そんなこと、させない! 皆のためにも!」


 陽子の声に狂王は嗤う。


「ならば消えてもらおう、魔術師の再構成したこの世界でな」


 その言葉と同時にハディンは音を紡ぐ。流星群だ。


「何の対策もせずに来たわけじゃない! 音紡ぎ、『虹』!」


 降り注ぐ流星を虹の障壁が防ぐ。

 夕焼けが照らす中での最後の戦い。


「ふん、これで終わってくれたら苦しまずに済んだんだぞ?」


「なんとしてもここで止めさせてもらうわよ!」


「なぜ世界の終わりに星降る夜が選ばれたか知っているか? この世界が『創造』に最も近く……魔力が世界に最も満ちるからだよ!」


 二度目の流星群。再び虹の障壁で凌ぐ。


「キミは音紡ぎの本質すら理解していない。事実、キミはすでに限界なのだろう?」


 ハディンは陽子を指さす。それを見て振り返る一同。

 陽子は、杖を頼りに何と語っている状態だった。


「キミにありったけの悪感情を注ぎ込む。そうすれば世界を終焉に導く双頭の竜が姿を現すはずなんだ」


 背の魔人が手に巨大な棘を生み出す。


「最初からこれが目的で……!」


「マスターをお守りしましょう!」


「ああ! やらせないよ!」


「ふん、三人まとめてワイトにでもなりたいようだな。だが……!」


「この心身を蝕み焼き尽くすほどの怨嗟はその程度で防げない! |nihil laudare!|(褒めるところがない!)」


 怨嗟のこもったその言葉は、すさまじい力場を生み、陽子以外のすべてを吹き飛ばす。

一同は陽子に手を伸ばして逃げるように言うが、陽子も力場によって地面に叩きつけられていた。


「仲間など見捨てて自分だけ守ればこうはならなかったのに」


「そんなの……できない……」


「それが、お前の、負けた理由だ」


 棘を突き刺さんと魔人が腕を振り下ろす。

 万事休す、誰もがそう思ったその時懐中時計が輝き、メリーが身を挺して陽子を棘から守った。


***


「メリー……さん……? 嘘、だよね……」


「本当に、優しいん……だから……」


 貫かれた銀髪の少女を見て、ほくそ笑む魔人。


「玉眼の少女よ、どうやらお前がいなければ、予言は成就しなかったようだ。感謝するぞ」


「どういう……こと……?」


 この姿を見よと、メリーを指さす。

 メリーの姿が大人になり、巨大な黒翼を生やす。この姿は、かつてクイックシルバーで見た……


「そうだ、月と闇夜の女神メルエールというわけだ……」


「隠していて……ごめんなさい……うっ、ぐっ、アアアッッ!!」


「お前のせいだ。お前のせいでこの世界は終わるのだ。はははは……」


 陽子は何とか起き上がり、姿のかえたメリーに手を伸ばす。が、彼女の体は魔人の生み出した結晶に囚われ、ハディンもそれに同化する。さらに翼はこのホールに収まらないほどに大きくなり、城を突き破り、竜の頭へと姿を変える。


「神の力とはこれほどまでに膨大なものなのか……! いいだろう、まずはこの世界の理からだ!」


 沈まんとする太陽めがけて光線を放ち、太陽を穿った。

 急激に暗くなる世界。太陽を失った世界。次第に時が止まる世界。

 世界中の人々が、『それ』を悟った。

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