小話 最後の休息
日が高いにもかかわらず白い霞が街を覆い、少し影を落とす陽子の故郷、夢見が丘。
それを喰らわんとする、呪われた瘴気から、この街の守護神
――トラオニナノヒメの加護が街を守っていた。
赤い瘴気とそれを阻む白霧に輝きを削がれた太陽が陽子達を照らしている。
陽子は自らの故郷が無事であったことを安堵すると同時に、娯楽都市の惨状を見てこれからを案じていた。そして、自分の心が鈍らないかと。
自分は、これから死にに行くような戦いに挑むことになるのだろう。この数週間で瘴気と結晶が現れるほどに強い狂王とハディン……その二人相手に。
町並みもできるだけ見たくなかった。かつての日常を思い出すから。
知り合いにも会いたくなかった。かつての日常に戻りたくなるから。
本当は戻りたい、日常に。
しかし、勇者としての務めは、それをきっと許さない。
そのことが彼女を故郷で顔を曇らせる一因となっていた。
「……ヨーコ? ヨーコだよね? 幻じゃない!」
よりにもよって、一番の親友。
顔も、声も、忘れたことのない大事な友達。自分は背を向けて逃げ出す。
しかし、追い付かれて抱きしめられる。
「会いたかった……! 本当の本当に、会いたかった……!」
普段は笑顔の彼女が涙を零しながら陽子を抱きしめていた。
「マイ……おねがい、泣くのはやめて……」
「だってさ……ヨーコが無事かどうかもわからないし、娯楽都市は急に変なことになっちゃうし……」
「……私たちはそれをどうにかするために来たの。だから、マイ、お願い。泣くのはやめて」
「ヨーコ……なんだか、逞しくなったね……旅立ちのときなんてすごく頼りなかったのに」
色々あったから、と泣きじゃくる親友を背に受けながら陽子は話す。
「でも……ヨーコなら絶対大丈夫だよ。だから、ちゃんと帰ってきてね……帰ってきたらまた駄菓子屋でアイス買って、一緒に食べようよ」
そう言って陽子を向きなおらせて、陽子の手を握った後、マイは自分の家に帰っていった。
「あの子は?」
「大事な友達。もう、怪我も治ったんだね……」
「本当に、家族に会わなくていいのかしら?」
「うん。馬車に乗り込みましょう」
物資を積み込んだ馬車に再び乗り込む。夢見が丘を抜けて、娯楽都市へと走り出した。