第73話 急ぎの旅路
それからというものの、急いで娯楽都市まで向かうことになった。鏡で学術都市に向かうことも提案されたが、馬車は鏡では運べず、ゴンを置いていくわけにはいかないと、地道で娯楽都市に向かうことになった。護衛馬車とともにクアトラーダムを脱出し、魔族領からグランツィル同盟まで船で渡る。
サンモニカ、栄華都市、学術都市で補給しながら北上してカスミ峠を通り、夢見が丘で最後の補給を行う。
旅を始めてしばらくは魔獣や賊の妨害があり、二週間後の星降る夜に間に合うか心配になったが、その後は順調そのものでかつて通った旅路を引き返しながらの懐かしい旅であった。
サンモニカでは、
「ヒトの街もあまり変わらないんだな魔族の街と」
と、タロが拍子抜けしたり、
「ヨーコがここで自分を犠牲にしたときは本当に心配したわ」
過去にあったことを思い返すローゼス。
「スザンナ様……いつか、モドリマス」
自らが目覚めた村を通り過ぎるのを見て、終わったら発掘を手伝おうとアカリは考える。
サフランシでサンゼンと同じような姿形したヒトたちをみて驚くタロを横目に、
「サンゼンさんも一緒にいたらなあ……もう杖なしでも歩けるってランピィさんから聞いたよ」
と、陽子がサンゼンがいたころ懐かしむ。また一緒に馬車に乗れるだろうか。ということを考えながら。
さらに北の学術都市に向かう途中、チェーヒロは暖かいことをつぶやけば、
「地脈っていうのが関係しているらしい、と姉様から聞いたわね。そんなこと言ってたらそろそろ姉様に会えそうね」
――といった具合に、会話が弾む。
学術都市で補給をしたのち、館で休息。このころになればもうサンゼンは傷を負う前と同じように軽口叩きながら、ともに食事をしていた。どういったことがあったのかを楽しんで聞きながら、サンゼンは陽子にこれからの事を聞く。
「ヨーコ達が通る、カスミ峠ってどういったところなんだ?」
「綺麗なところだよ。でも馬車だとちょっと大変かも……道幅が狭いから」
陽子は目を閉じて情景を思い浮かべる。あまり夢見が丘から出たことがなかった彼女にとって、カスミ峠は貴重な外の情景の一つであった。
それを聞いて気を付けないとな、とチェーヒロは酒を縊りながらつぶやいた。
そんな一同を少し曇った表情でメリーは見守っていた。
***
夜なかなか寝付けず、陽子は口論しているのが聞く。ランピィとメリーだ。
よくないことだと思いながらも、二人の口論に聞き耳を立てる。
「主殿はついぞ明かさなかった。本当にそれでよかったのですか?」
「だって……」
「だってではありませんぞ主殿。わたくしめは夕飯食べている最中に明かすものだと思ってましましたぞ」
「でも……」
「……最後まで隠し通す気ですか? 薄々気づいている方もいると思いますぞ?」
「う……」
「……まあ、構いません。それにしても、だいぶ感情が戻ってきたようですな?」
「……っ、あの子……危なっかしいから、目が離せなくて」
「わかりますぞ。だからこそ本当のことを言っておくべきだったのですが……」
「私は……言えなかった。今更、こんな、こと……」
「逃してしまったものは仕方がありませんな。終わってから話すとしましょう」
「……わかった。帰ってきたら、必ず」
その言葉を聞き終えてから、眠気が誘ってきて、陽子は眠りについた。
必ず、終わらせなければ。ハディンと狂王を止めないと、という気持ちを抱いて。
***
朝目覚めて、食事をとったのち少し曇った表情をしたメリーやいつも通りなランピィとサンゼンに見送られながら、カスミ峠に出発する。
しかし、カスミ峠麓の村で衛兵に足止めされる。
「えっと……この先通るのは危険なので、許可を持つ者以外は通行禁止にしています」
「私たち、急いでここを超えないといけないのだけど、何があったの?」
「正体不明の瘴気で魔獣が凶暴化しているという報告があったので」
「血薔薇の私が同行しててもダメかしら?」
それを聞いて顔を見合わせる衛兵。
それからしばらくして衛兵たちは道を開けた。どうやら通ってよいようだ。
一同は足を踏み入れると、峠は陽子の言葉から思い浮かべた情景とは様子が違った。
漂うツンとするこの瘴気、クアトラーダムの物と同じだった。もっとも、クアトラーダムよりはるかに薄いが。
その様子を見て陽子とローゼスが驚いて、声を上げる。
「瘴気……!? どうしてここに……!」
「もしかして、私の故郷も……!」
「危ないかもしれないわね。聖樹の明かり、もらっていたわよね?」
「うん……明かりを灯して馬車に括り付けたよ!」
「じゃあ、向かいましょう」
馬車は瘴気交じりの霧をかき分けて進む。
しかし、しばらくするとゴンは何かを嫌がっているのか足を止めてしまった。
陽子とチェーヒロは馬車を下りて、ゴンの様子をうかがう。
「ゴンちゃん、どうしたの? なにか怖いものでもいるの?」
「ホワイトデビルやトロール相手でもひるまなかった肝っ玉なんだがな……」
「それよりも恐ろしいものがいる、ということなのかな?」
「かもな。悪いがこれを解決しないことには進めない。お前ら、先の様子を見てきてくれないか」
馬車無しで進むのは今まで苦労して旅してきた意味がなくなる。馬車の護衛のため、アカリを残し一同は、馬車から降りて警戒しながら奥にすすむ。
原因はすぐに分かった。しばらく先に獣の死体が複数転がっていた。これの臭いがゴンの嫌がっていたものだろう。陽子は臭いをかがないようにしながらローゼスに目くばせをする。
「あれをどければ、なんとかなるかな?」
「どけるというより死体の臭い、だからどけた後臭いを削ればいいかしら? でも……」
何か違和感を感じながらどうするか考えていたローゼスだったが、タロが死体をどけようと前に出たとき、茂みが震える。
「タロ! これは罠よ! 後ろに引いて!」
飛び出した魔獣が赤い爪を突き出して、襲い掛かるのをタロは間一髪で回避し、戦闘態勢を取る。
「くそっ、罠かよこれ! 相手はウェアウルフか……? にしてはやけにデカイし、罠張る知能まで……それにあの赤い爪……血の色じゃないな」
(おかしい、前来た時はこんな奴いなかったのに……しかも変に知恵がついたような……)
そのようなことを考えながら、ローゼスは弓矢を構える。
咆哮する魔獣。その爪は結晶化していた。
「爪が結晶化してる……? ヨーコ、なんとかあれを切り離せないか!」
「爪なら……クレセントカッター!」
月の円刃が爪めがけて飛び、爪を切り落とすと瘴気が噴き出す。
「黒よ、瘴気を削れ! いったい何が……」
瘴気が晴れると、二回りは小さくなったワーウルフが逃げ出すのが見えた。
「魔獣が凶暴化、こういうことだったのね……」
獣の死体をどかしながら、ローゼスは考える。結晶化した憎悪が峠の魔獣を凶暴化させているのだろうと。そして結晶によってトロールのように相手を陥れる知恵もつける。
つまり……
「チェーヒロさんたちが危ない!」
急いで引き返す。幸い全員無事のようだが、馬車は狼の群れに囲まれていた。
「姉様の花、また使わせてもらうわ!」
チェーヒロとゴンを囲むように結界を生み出すと狼たちはこちらに向きなおり、ゆっくりと迫ってくる。
「普通の狼と比べると大きくなっている……でも普通に倒してしまいましょう!」
ローゼスは、矢を放ちながら距離を取る。タロとアカリが前に出てローゼスとヨーコが後ろのいつもの陣形。
鉄球をたたきつけ、横なぎ。盾で繰り返し殴り気絶させる。そこに月の円刃と矢が襲い掛かり、一掃する。
「少しタフだったけど、ただの獣だとこれぐらいね。さあ、先に進みましょう!」
狼の死体をどかして、馬車に乗り込む一同。今度はしっかりと進んでくれた。
「あの狼たちも、牙や爪が結晶になっていたよ……ますます故郷が心配になってきたよ」
今は大丈夫だと信じて進もうとローゼスが陽子を励ます。
緑の明かりが照らす先は峠の頂上。一同の馬車は開けたところにたどり着いた。
「ここから夢見が丘を一望できるんだよ。あと、娯楽都市も……っ!?」
一目見て感じたのは恐怖。どうしたという心配する声も無視して都市の姿が目に焼き付く。
娯楽都市の城はイーリス城跡のように、赤い結晶が突き出て、瘴気に覆われて禍々しい姿となっていた。
自分の思い出の情景が崩されていくような気持ちだった。
陽子は直観で感じ取る。狂王とハディンはあそこにいるのだと。
「……急ごう!」
「……何を見たんだ?」
「いいから!」
急かされてチェーヒロは馬車を走らせる。この峠を下れば夢見が丘と娯楽都市にはすぐにつく。
峠を下りるとき、陽子が見た景色を目の当たりにする。
「なるほど、こいつはひどいな。急かす理由もわかった。ゴン、あと一頑張りだ」
速度を増す馬車。その中で一同は見た景色を見て何が起きたのかを考える。
「まるでイーリス城みたいに……ハディンは何をしたのかしら……?」
「わかりません。シカシ、放置しておくのは良くないと思いマス」
「そうはいうけど、またクアトラーダムのときみたいにトロールを警戒しないといけないのか……?」
「そうかもしれない。でも、このまま放っておけない!」
そして、一同は凶暴化した魔獣や獣の追いかけるのを振り切って、何とか夢見が丘までたどり着くことができた。
「ヨーコの故郷なんでしょう? ……親とかに顔を見せたらどうかしら」
「……だめ。気持ちが鈍るから」
「準備して突入するぞ。補給は済ませておけ。後悔の無いように」