第72話 聖域区画
魔術師の書斎はよくわからない機械が多くあるが全て壊れて、否、壊されておりどのような用途で使われていたかすらわからなくなっていた。
「いつ見てもここの破損はひどいですね……憎悪のこもった壊し方がされているように感じますわ……」
「狂王ってのがやったのかな? 壊されてなければ面白いもの見れたかもしれないと思うとなんか許せなくなってきた」
「落ち着きなさい、タロ。聖域区画はどこから行けばいいのかしら?」
「こちらですわ。この転送装置に……」
「集光塔にあったあれかな? オイラがいってみるよ」
そう言って、移動してしばらくするとタロが戻ってくる。
「うん、同じだ。皆も行こう」
「左様ですわ。ここの技術を解析して設置したものですからね」
転移されてみたものは今までの比でないほどに結晶で覆いつくされた部屋。
幸い、中央までは歩いて向かうことができた。
「ここの中心に狂王が……」
そう言いかけて、フタバは絶句する。
無い。ここにあるべきものが。
眼を皿のようにしてあたりを見回してもあるのは結晶だけ。鉱石化したとはいえ狂王とただの結晶を間違えるはずがない。
ありえない。普段のように取り繕う余裕すらない。この広くはない聖域区画を駆けずり回る。
様子を心配する周りのことなど構っていられなかった。持ち去られた? どうやって? 誰が? わからない。
――俺は、どうすれば、いい。
「フタバ! どうしたんだ! なんかヤバいのか!」
「ヤバイも何も! どういうことが俺にはわからない! それに、とてつもなく嫌な予感がする! 今すぐ城を出る! ついてこい!」
フタバの豹変ぶりに目をぱちくりさせる一同。
明らかに様子が違う。狂王を削る……それができなくなったのだろう。
狂王が何処にあるのかは不明だが、フタバは明らかに焦っていた。
とんぼ返りで塔に戻り、気配断ちの効果も切れた状態で走る。走る。走る。
トロールやオートマトンが追いかけてくるが構わずに走る。
そして、出口を目前に一瞬振り返って炎の波でまとめて薙ぎ払って、城から脱出する。
「フタバさん……さっきからおかしいよ? 狂王も居なかったし、どうなってるの……」
「急いで護衛馬車を用意する。次の星降る夜はもう目前だ。ヨーコは今すぐにでも娯楽都市に向かうべきだ。俺は急いで鍵の一族を説得して、スクロールを持ってくる」
フタバと入れ替わりでコユキが館を出て、声をかけてきた
「いつの間に抜け出したと思ったら、素のフタバが戻ってきて鍵の奴を連れて上に上がっていったけど、なにがあったのかな? あのフタバが取り乱すってよっぽどだと思うんだけど」
城であったことを簡潔に話す。それを聞いてコユキは心底悔しそうにしていた。
「楽しかっただろうにな! パーティーにかまけている間にそんなことあったなんて!」
「でもそんなこと言ってる場合じゃないと思うんだけど……」
「それはそうだけどさあ……」
そのようなことを話ししていると複数の浄化者を連れてフタバがやってきた。
「……大変お見苦しいところをお見せしましたわ。護衛馬車の準備はできています。あなた達の馬車に同行する形になりますわね」
「それにしてもこの数……絶対に渡るのを失敗させたくないといわんばかりね」
「ええ、浄化者の方々には予言の事を伝え、あなたたちの馬車のクアトラーダムの脱出を全力で補助するようにと伝えておりますわ。そして、これを……」
「あっ、音紡ぎのスクロール……」
「左様ですわ。……そして最後にもう一つ。予言の続きがあるといいましたがなんでしたの?」
「『世界の命運は最後の玉眼に委ねられる』」
「……では、陽子様。あなたの選択を信じていますわ」
そう言って、聖樹の明かりを陽子に手渡した。




