第70話 魔法は創造である
緑のたき火を囲んで各自休憩する中、タロは気になっていたあることを切り出す。
「なあフタバさん、オイラ気になったんだけどさ……」
「フタバ、でいいですわ。なんですの?」
「狂王の槍ってなんで万年筆状だったんだ? そしてあれが持っていた創造を断ち切る性質っていうのも……」
「皆は忘れてしまってますが『魔法は創造である』からですわ。かつての杖は創造するための道具が媒体になってましたの。」
その言葉を聞いて首をかしげる一同だったが、陽子が何かを思い出したように声を上げる。
「音紡ぎはもともと吟遊詩人の演奏技法、つまり創造の手段だよね。音紡ぎで魔法の行使を行えるのが不思議だったけどそういうことだったのかな?」
「鋭いですわね、陽子様。音紡ぎは古代の魔法に近い形。創造による感情の具現化。魔術師が再構成する前の魔法にそっくりですの」
それを聞いて額を抑えるローゼス。少し混乱してきたようで、困った表情をしている。
「混乱するのも無理もありませんわね。今の魔法は大崩壊の後、魔術師によって理論付けられたもの。かつての魔法は感情の発露によって引き起こされる現象でしたの。それ故この地はこうなったのでしょうが……」
一同はその言葉に興味を持ち、フタバにそれぞれの言葉でそれはどういうことなのかと聞く。
「皆様落ち着いてくださいまし。お話しますわ。魔術師が作った最高傑作に賢者の石というものがありますわ。今でも語られる無限の魔力を宿す石ですわね」
「……賢者の石の話は姉様から聞いたわね。あなたの言う、感情の発露が魔法なら賢者の石は無限の感情を宿していた? どういうことかしら?」
「鋭いですわね、ローゼス様。私見ですが感情の増幅器だったと思いますわ。おそらく、民の感情を石で増幅させて循環させることで膨大な魔力を扱えるようにしていたのではないかと」
「でもそれとここの惨状と何が関係があるのかしら?」
「先ほど膨大な繁栄をもたらしたといいましたが、あれには続きがありますの。膨大な繁栄は他の国が連なって同盟を望むほどで、民からも多くの支持を得たようですわ」
「いいことをした、からかな? 皆に歓迎されたんだね」
「左様……といいたいのですが一つ問題がありました。元々イーリスは荒れ地の小国。それが膨大ともいえるほどに繁栄して周囲の国を併合して大きくなっていった。他の国から来た民は誰を王だと思うでしょうか?」
「そりゃ、魔術師じゃないのかい? こんなに繁栄したのは魔術師のおかげだろ?」
「左様ですわ。イーリス王の名は誰? となるほどだったようで。それでだんだんと嫉妬と憎悪が募ったのでしょうね。そして、晩夏の夜に事が起きましたの」
「何が起きたのデスカ?」
「王一派による魔術師の暗殺……もっとも失敗しましたが、これをきっかけに魔術師は信用できる者たちのみ連れて、イーリスを去ったといいます」
いいことをしたはずなのにと、悲しげに俯く陽子。フタバは言葉を続ける。
「国も大いに割れたといいますわ。イーリス王を糾弾するもの、イーリス王を擁護し魔術師を糾弾するもの、魔術師のようにイーリスから去るもの、そして傍観するもの」
「まるで内戦ね……イーリス王を擁護する一派がいるのがちょっと私には理解できないけど……」
「おそらく、得られたはずの利益を失ったなどという欲深い理由でしょう。暗殺に失敗した後、憎悪と嫉妬に狂った王は次第に魔術師の功績を否定するようなことを始めましたの。膨大な繁栄を自らの手で破壊し始めたのですわ」
「滅茶苦茶だよ……どうして」
「魔術師を暗殺できなかった八つ当たり、でしょうね。そして最後に魔術師以外立ち入り禁止であった聖域区画に入ってそこにあった賢者の石に手をかけて……」
「こうなったということデスカ?」
そういって見回すアカリにフタバは頷く。
「左様ですわ。この地に満ちる瘴気も、トロールが跋扈するのも、そして狂王の槍が創造を断ち切る性質を持つようになったのも。すべて王の呪詛と巻き込まれた無碍の民の怨嗟によるもの。暴走した賢者の石が無限に呪詛と怨嗟を増幅させているのでしょう。そして王はいまだに……さて、そろそろ聖域区画を向かいましょうか。ローゼス様、外に注意しながらツタを解いてくださいまし」
ローゼスは頷いて耳を澄ませながら、ゆっくりとツタを解いていく。蔦の向こうには何もいないようだ。
「……嫌に静かですわね。もう少しトロールの足音とかが聞こえそうなものですが」
「気を付けるに越したことはないわね。ヨーコ、気配断ちお願い」
「わかった。黒よ、気配を削れっ!」
「では、私が再び先導しますわ。行きましょう」