第63話 湯治と休息
館に戻って、出迎えてくれたのはなんとサンゼンだった。
「へへ……ランピィの奴に処置してもらったおかげで杖ありなら何とか歩けるようになったんだぜ……まだ一緒に旅は無理だが飯とかぐらいなら一緒に行けるぜ?」
あのサンゼンがそんなことを言うのを見て少し負い目を感じたのかローゼスは目を伏せる。
「……気にすんなって。それにローゼスこそ大丈夫……みたいだな。気が元通りになっている。これで俺も治療に専念できるってとこだ。昼飯にしようぜ。久々に一緒に食えるって嬉しいな!」
そうやってからからと笑って杖を突いてゆっくり歩く。
いつの間にかチェーヒロもこちらに来ていた。今まであったことを話すとよかったなとそれだけ言って、黙々と紅茶を飲んでいた。
「これからどうしようか……」
「早急なものはなくなったんじゃねえか? 光の塔も崩れなかったし」
「それじゃあ、オイラの里の温泉にでも入ろうよ」
「温泉があるの?」
「湯治というものもあります故、悪くない案だと思いますな」
メリーとチェーヒロは難しそうな顔をしている。
「何が起こるかわからない。備えることが大事」
「魔王様に報告を急いだほうがいい。魔王様は寛容だが今回ばかりはあまり待ってくれなさそうだ」
「まあまあ、メリー殿、チェーヒロ殿、いいではないですか。ローゼス殿はルインメーカーだけではなく、自らをも乗り越えたのですから、多少のお祝いもあっていいではないですかな?」
「まあ、いいけど」
「……一日だけだ。明後日には出発するぞ」
「それじゃあさっそくオイラが案内するよ!」
駆け出したタロを見て俺ってこんな風に見えてたのかなと苦笑いしながらゆっくりついていくサンゼン。
やはりまだ本調子でないようで少し元気がなかった。
「ランピィさんはどういってたの?」
「時間はかかるけど必ず元通りにしてくれるってさ。まあ、行こうぜ。魔族の温泉ってのも気になるしな」
一同は鏡に触れて先に里に向かったタロを追った。すると、口論が聞こえてくるではないか。
「だから、オイラ活躍したんだって!」
「うーん、でもあの女の子、泣いていたじゃないか。女を守れないようなのには……」
「待って! 待ってください! 確かに泣いていましたけど……もう、大丈夫ですから。タロさんのおかげで、だれ一人欠けることもなかったんですよ。おかげで使命を果たせましたし……」
「そうか。まあ……君がそこまで言うならいいだろう。タロ」
タロの父親がタロに向きなおる。
「実はな、曾祖父は冒険家だったんだ。その血がお前の中で騒いでるんだろう。お前、頑張ったな」
じゃあと、目を輝かせるタロ。
「ああ、いってこい。ただし、無茶はするなよ。辛かったらいつでも帰ってこい。俺と金床が待ってるからな。あと……女房によろしく言っておいてくれ。魔王様に報告のために首都にまた行くんだろう?」
「よしっ……よっし! ヨーコ! 皆! これからもよろしくな!」
万感の思いで喜びに打ち震えるタロ。軽い足取りで皆に観光案内を始めた。
「この里は魔族領最北端の魔族の集落なんだ。集光塔を守るのと、ここの鉱山では質のいい鉱石が取れるからね。いい鉱床があるのも温泉があるのもあのツルギ山のおかげだよ」
「火山デスね。溶岩の作用で鉱石が見つかりやすい傾向にあるようデス」
「サフランシにもでっかい火山があったらしいが、大噴火で火山ごと消し飛んでしまったらしくてな。今はクレーターになっているんだぜ」
「あとここはクアトラーダムの外から古代イーリスの遺跡を発掘できる唯一の地域でもあるんだ。
もちろんあそこで見つかるものには劣るけど、安全だから第二研究院はここにあるんだ」
グランツィルにもあったよねと、陽子が言う。スザンナが考古学ギルドをやっていた村の事だ。
「そういえば、あそこは端だって言っていたな。……古代イーリスってどんだけ広かったんだ?」
それを聞いてタロは納得したかのように手をたたく。
「不思議に思ってたけどそういうことだったのか! ヒト領の場所もイーリスのものだったのか! それはすごいな! ふっふっふ……なんだか世界の真実を一つ知ってしまったような気分だ」
右手を抑えながら笑うタロを、暖かい瞳で見ながら、陽子は写真を撮ることを提案する。
温泉の前で撮ろうというサンゼンが案内をタロに頼む。
「いいとも! 山の方に向かう。チェーヒロさん、馬車を頼むよ!」
「いいぞ」
馬車に揺られて、道こそ整備されているものの無機質なモノリスの群立地帯から次第に自然が増していく。そしてほんのりと温泉の……硫黄の臭いが空気に混じる。そこで、何かを思い出したかのようにローゼスがある事を口にする。
「そういえば、温泉は初めてね……」
「俺もそうだな。公衆浴場と同じでいいのか?」
「うんっ、温泉は体をお湯で洗ってから入るんだよ。温泉のそばに桶があってね……」
陽子のふるさとである夢見が丘も温泉がある街だった。どうやって入るのか、どういった違いがあるのかを嬉しそうに話す陽子の話を聞き入る一同。
そして話終えたころに開けたところにたどり着く。こぢんまりとした木造の建物がそこにはあった。
「着いたよ!小さいけど宿もあるんだ」
「なんだかいい感じ……ここで撮ろうよ! よしっと……」
馬車を止めて、その前で並んだ皆が写る位置に三脚を立ててカメラの螺子を回す。
「ヨーコ、はやくー」
「今できたからね! すぐ行くよっ!」
皆の真ん中に収まり笑顔をカメラに向けたところでパシャリ。ゴンやチェーヒロも含めた皆が写った一枚が完成した。
「とてもいい出来だよ!」
「ええ、皆写っててとても素敵だと思うわ」
今は他の魔族が来ていない。実質貸し切りだとわかると行こうとせっつくタロ。
チェーヒロが呆れてはしゃぐなと述べる。
「デハ、ワタシはココで待ってマス」
「アカリさんも行こう? お湯で綺麗にするよ」
そういって陽子はやや強引にアカリの手を引く。そのまま宿に入ってあることに気づいてあたりを見回す。男湯女湯で分かれていない。
「ああ、言い忘れていた。ここ混浴なんだよ」
そういう目的だったのかと疑ってじっとタロを睨むローゼス。それに慌てて里の皆、男も女もオイラみたいな姿だから混浴でいいだろうってなったんだと弁明する。
腕を組んでどうするか考えるローゼス。陽子はあるものを見つけて声を上げた。
「でもそれじゃあ、入れないわね……」
「あ、湯浴み着あるよ! これ着れば大丈夫だと思うよローゼスさん!」
「あなたがそういうなら……仕方がないわね。これを借りて、皆で入りましょうか」
お金を払って、男たちが先に向かう。さすがに脱衣所は分かれていることがわかり、ローゼスはほっと胸をなでおろす。自分はよいとしても、仲間とは言え異性の前で陽子の素肌を晒させるようなことはさせたくなかったのだ。
「うおーすっげー! これが温泉か! 酒飲みながら入れるとか贅沢だな!」
「うるさい。静かに入らせてくれ」
「そうよ。宿の人に迷惑よ」
「ローゼスも来たんだね。あとはアカリとヨーコだけだけど」
「……ちょっと遅いわね」
「ごめんねっ! 湯浴み着で合うやつを探してもらってたの」
「滑りやすいぞー危ないぞー」
「わっ、きゃあっ!」
「ほら言わんこっちゃ……ぶっ!」
「サンゼン、なんで噴き出し……ちょっ! ヨーコ……それ、はだけて……!」
「えっ、えっ!?」
「足元に気を付けてクダサイ、マスター……チョット遅かったデスね。盾で隠しておきますノデ、着なおしてクダサイ」
「あ、ありがとうアカリさん……うう、なんか冒険に出てから転んでばっかりな気がするよ……とりあえず、お湯かけてあげるね」
「ありがとうございマス」
(本当にヒトなのか? 他の魔族が言ってたようにやっぱサキュバスなんじゃ……)
(すごかったな。いろいろと)
(チェーヒロはどう思う?)
(玉眼がどうやって生まれるかわからん。ヒトとサキュバスの混血じゃないか?)
「ハーフブラッド……かっこいいな……!」
「おい、声が大きいぞ」
「? 二人は何の話してたのかな?」
「さあ……いまはそんなことよりもこの温泉を楽しみましょう」
「はぁ~うめえ~」
「サンゼン、療養中なのにお酒なんて飲んでいいの?」
「いいんだってさ。この妙な傷治すのには新しいものや心動くものに触れるとかそういうのが大事なんだってさ。温泉に入って酒をくびる……最高じゃないか」
「はあ、それならいいんだけど……ヨーコはどう?」
「とっても心地いいよ。たまに親と一緒に温泉入ったこと思い出すなあ……その時は混浴じゃなかったけど」
(そうね……父様母様はもういないけど……姉様やヨーコ、皆がいてくれる……とても、尊いことなのね……)
「ローゼスさん、ボーっとしてどうしたの?」
「ふふっ、何でもないわ。ただ……」
「ただ?」
「あの時私を姉様のところに連れてってくれて、ありがとう……」
「……うん!」




