第62話 Fading Rose
塔を出て出迎えたのはチェーヒロとゴンだった。いきさつを話せば何も言わずに馬車に乗せてくれた。そっけなさが、今はありがたかった。里に戻って最初に向かったのはタロの家……鍛冶屋だった。タロの父親が笑顔で迎えてくれたが、三人にはその笑顔に応えられるほどの元気はなかった。
「おかえり。息子は活躍したか?」
「申し訳アリマセン。今はそういったことを話せる気分ではナイのです。……鏡はアリマスカ?」
「鏡……鏡なら妻の部屋にあったよな? 今は城下町の研究院で働いているから空き部屋になっているが……」
「ありがとうございマス。マスター。行きましょう」
鏡を繋げて帰還する。タロは戸惑っていたが、転移装置のようなものというと納得してついてきてくれた。
出迎えた二人にいきさつを話すと、静かに頷いて、紅茶の準備をしてくれた。
「……サンゼンさん、黒の力でも治せない傷を負っているの。何の傷なんだろう」
「オイラが説明するよ。あの槍は狂王の槍。本来は魔法を行使するためのものだったみたいだけど、あの時にはもう、貫かれたものはこの世界から『消える』……そんな代物になっていた」
それを聞いて陽子は青ざめる。
「そんな! それじゃあ、サンゼンさんは……!」
消えるだろうね、と言おうとしたのをランピィが遮る。
「その傷……わたくしめなら治せるかもしれません。不幸中の幸いですが、スティックメンは一般のヒトの先祖であると同時に創造に最も近い種族……タロ殿。その狂王の槍というものをお見せしていただけませんかな?」
「それは無理だ。オイラ達で存在を削ってしまったんだ」
「いえ、構いません。それが創造を断ち切る性質の物であることはわかっていますので。実際に目にすれば、より理解が深まると思ったのですが、あのような危険なものは削ってしまった方がよかったでしょう」
「うん。あの槍、すごい怖い感じがしたの」
「それが最後の禍。でも光の塔は崩れなかった。きっと何かが変わるはず」
「……そっか」
もはや陽子にとって予言や使命なんてどうでもよくなっていた。ローゼスとサンゼンの事が気がかりでしょうがなかったからだ。ローゼスも同席しているのだが普段はおかわりしてまで飲む紅茶に全く手を付けていない。
「とりあえずしばらくは休んだ方がいい。タロ。部屋はもう割り当ててあるから。ついてきて」
解散して部屋に戻る一同。アカリは陽子と共にローゼスの部屋まで行って、ベッドに降ろしてあげた。サンゼンはランピィが診るといって担がれて屋敷のどこかへといってしまった。明日話を聞いてみようと思って、陽子はローゼスの部屋で手を握って一緒に寝ることにした。そうしていないと遠いところに行ってしまいそうだったから。ローゼスはどうでもいいといったような感じで何も言わなかった。
ローゼスを降ろした後、アカリはベンチに座り一人考える。
(存在を『削る』、貫かれると『消える』。なんだかトテモ似てイマス……仮に黒の力が創造を断ち切る力であるならば……なぜ、ワタシたちは警戒していなかったのデショウか……)
一方でタロを見送った後、メリーの私室を前にしてメリーとランピィの二人は話をする。
「……『魔法』を使うのねランピィ。でも、いいの?」
「もちろん。お客人がとても沈んだ表情をしていましたから。元の猪突猛進、とまではいかなくてもお客人が目覚めるまでには意識は取り戻してもらいますぞ」
「……そう。ランピィ、そろそろあの子への照れ隠しをやめたらどう? 名前すら呼べないなんて照れ隠しの範疇を超えている」
「やはり主殿にはバレていましたか。主殿と同じぐらい魅力的な方ですから」
「浮気者」
「おやつのケーキを二つに致しますのでお許しを」
「……まあいいわ。それじゃあ、また」
「ええ。主様。よい夜を。」
次の日、陽子は目覚めて横を見る。まだ虚ろな目をしていたが、そばにいたことを安心する。彼女の手を引いて共に朝食を取る。タロも一緒だ。食べ終えた後、さりげなくサンゼンの事についてランピィに聞いてみる。
「ふむ……会ってみてもよいですぞ。きっと驚くかと」
その言葉に首をかしげながら、サンゼンの部屋に向かう。
ノックしてみるとなんと声が返ってきたではないか。
「へへっ……心配かけて悪かったな……ランピィの言うには歩くのはまだ無理らしいがこうやって話はできるようになったぜ」
つい手を握ってうんうんと何度も頷く陽子。消えてしまうのではないかと思っていた彼と再び話ができるのはとても嬉しいことだった。
「ローゼスは……そうか、辛いか。俺は大丈夫だから、ゆっくり休んできなよ。ヨーコもな」
「うん……またお見舞いに来るからね」
「オイラ、自分の心配をする方が先だと思うけどな」
「まあ、そうかもしれないけどさ。仲間だからな。気になるんだよ。」
ローゼスの手を引いて、一緒に部屋から出る陽子。タロも出ようかとしたところを呼び止められる。
「陽子達を守ってやってくれ。今の俺はこんなんだからさ。俺の代わりにさ」
「ああ……わかったよ! オイラ、引き受けてみせるよ!」
「俺はゆっくり休むとするか……おっと、スーパーヌポとか飲ませるんじゃないぞ」
「わかってるって!」
タロもサンゼンの部屋から出て、一人きりになって小さくつぶやいた。
「皮肉だよな。何よりも憎んでいた存在が心の支えだったなんて」
***
それから数日、サンゼンの調子は少しずつ良くなる一方でローゼスはあの時から変わらず虚ろな目でロザリオを握っていた。支えを失った心というものはかくも脆いものなのか。
自分がいなくなった時、ローゼスたちはくろの事を調べていたらしい。それみたいに、自分にできることがあるのではないか。そう思って、陽子は行動を起こすことにした。
向かった先は、学術都市の喫茶店……ローゼスが姉様と呼んで慕っているシルファの営む喫茶店だった。喫茶店は開店前のようで、客はおらず、ゴーレムが忙しなく開店準備をしていた。
「失礼します……シルファさんはいますか……?」
「はい~ヨーコさんですね。お久しぶりです。ローゼスは元気にしていますか?」
「それが……」
陽子は集光塔での出来事を話す。ルインメーカーはすでに死んでいたこと、ローゼスが復讐という心の支えを失って茫然自失としていること、もうルインメーカーによる被害は出ないであろうこと。
それを聞いてシルファは少し考え込んでゴーレムの作業を止めさせる。今日は休業することにしたようだ。
「……ローゼスと話がしたいです。連れてきてくれますか? あと、これを……」
「この花は……?」
「カランコエって言います。もしローゼスがここに来るのを拒むようでしたら、これを見せてあげてください。」
「わかりました。 必ず、連れてきます」
屋敷に戻ってローゼスの部屋に入る。ほかの皆が気にかけてくれていたおかげで、陽子が恐れていたような事は起きておらず、ただただベッドで横になっていた。
「……ローゼスさん。シルファさんのところに行こう? お話したいって」
「……いい」
「そんな……シルファさん、話したがっていたよ……?」
「……もう、つかれた」
抱きしめようとしたが振り払われる。
「もう、おしまい。それでいい」
このまま引けない。もし引いたらもう二度と彼女に会えなくなってしまう、そんな気がして、花を取り出す。
「シルファさんが、花をくれたんだよ。これ……ローゼスさんに見せてあげてって……」
「カランコエの花……姉様が好きな……今年も綺麗に咲いた……」
秘められた花言葉は、おおらかな心、たくさんの小さな思い出、そして『あなたを守る』言葉や手ぶりよりも長いことシルファと共に育て、慣れ親しんできたこの花は彼女の心に響くものだった。
「……わかった。行こう。姉様のところへ」
「……! わかった、わかったよ……! 一緒に行こうね……!」
ベッドから出て、立ちあがったローゼスの手を握って、二人で鏡に向かう。
***
シルファの座るテーブルへとにやってきた二人は、すでに入れられているお茶を口にしながら、話を始める。
「……こうやっていると、旅を始めたばかりのころを思い出すよ」
そうねとそっけなす返すローゼスはやはり元気がない。
そんなローゼスを見てシルファは話を切り出す。
「ローゼス、もうルインメーカーはいないんでしょう? 復讐は果たせたのじゃないですか?」
その言葉に、涙を零しながらこぶしを握り締める。
「……でも姉様……私は、あいつから何も奪えなかった……何もかも奪っていったアイツから」
それを聞いてシルファは真剣な表情で私はそれは間違っていると思うと言葉を返す。
息が詰まるローゼス。シルファにここまではっきりと否定されたことは初めてだったからだ。
「私も生まれを呪ったことがありました。飛べない妖精。できそこない。
そして一番堪えたのは、一緒にいて楽しくない。楽しさを一番とする妖精にとっては、存在の否定。
妖精としての短くない命を、長くそう言われて過ごしてきました」
ローゼスは目を見開く。シルファは飛べなくて苦労した、とはいつも聞いていたが、そこまで言われてきたことは知らなかった。
「だから、私は勉学に励んだ。誰かに与えられるようになるために。そんなある日、幼いあなたに出会った。その時に決めたのです。この子に命一杯、幸せを与えようと。
奪う事だけが復讐なのですか? 本当の復讐というのはそれを赦して、相手が奪っていった以上に誰かに与えることだと思うのです」
ローゼスはそれを聞いて自らの手を見る。洗っても落ちないほどの血の臭い。それは彼女自身によってもたらされた血によるもの。それを認めたくないかのように目をつぶって、言葉を返す。
「……もう姉様みたいにはなれないよ。私は。ずっと奪うために鍛錬を積んで、血薔薇と呼ばれるほど命を奪い続けたのだから、ましてや私はその異名を誇りにすら思っていたのだから。それに……」
それに、その言葉に首をかしげるシルファ。
ローゼスはずっと握っていたロザリオを見せる。
「そしてあのシスターは私の好きだったイザベラさんだった。あの時まで気づくことができなかった……亡骸とはいえ、私は好きだった人に刃を突き立ててしまった。私に誰かに与える資格なんて……」
その言葉を遮るようにシルファはローゼスの手に抱き着く。
「私は初めて教える教え子にいつもこういっています。やり直す、考え方を変える。それをするのはとても勇気がいること。
でも、今からでも遅すぎるなんてことはない。
ローゼス。あなたには『勇気』はありますか?」
言いよどむローゼス。それに対して真剣な表情を緩めて笑顔を見せる。
「今すぐは難しいかもしれません。でも、この子の言葉で賊にとどめを刺すのを止めた。
もう、あなたは変わっていっている。あなたは、それに気付いていなかっただけ。
今はもう、失ったものより得たものに目を向けるべきだと思うのです」
「姉様……」
「はい! ローゼス、あなたならできますよ」
その言葉に、何か気づかされるようであった。かつて自分はたくさんのものを失った。
しかしそれと同時にたくさんのものを得て、与えられていたということを。
姉様だけではない、自分を諦めずにここに連れてきてくれた陽子、館で気にかけてくれた仲間、今の自分は、多くのものとつながっている。ここでいなくなってしまえば、きっと皆悲しむだろう。
そんな単純な事にも気づいていなかった自分を恥じながら、ローゼスは困ったように笑顔を見せる。あの件があって以来初めての笑顔だった。
「ありがとう姉様。でも、姉様の病気を治すためのお金のためにもバウンティハンターは続けるわ。それが今できる一番の誰かに与えること、だから。
それも終わったら……また一緒に喫茶店を切り盛りしましょう。
……心配かけさせてごめんねヨーコ。行きましょうか皆のところに」
そういって席を立とうとしたとき、シルファに止められる。どうやら渡すものがあるようだ。
ゴーレムが持ってきた鉢にはほんのり光る、青いカランコエが植わっていた。
「カランコエ……でもこんな色、初めて……」
「実は……うまくいくかどうかわからなかったのであなたには秘密にしてましたけど、ある知り合いの方からいただいた草を私が去年から錬金術を用いて交配した新種なんです。『サンクチュアリ』っていうんですよ」
「でも姉様……どうしてこれを?」
「この花、バリアを貼るんですよ~。なので害虫や病気、そしてカランコエの弱点である寒さにも強いってことで評価されてるんです。ローゼスならこの性質、活かせるんじゃないかと思って」
「私の異能で花の力を引き出すってことね……ありがとう、姉様」
種を受け取り、行こうヨーコと今度こそ館へと戻っていった。
「……本当に変わりましたね。ローゼス。仕事以外で私以外の他人に気に掛けるなんてことなかったのに……
ヨーコさん……きっとあなたがローゼスをいい方向に変えてくれたのですね」




