第56話 血薔薇の追憶
一番古い記憶は花畑だった。そこで親とお付きの人たちと一緒にピクニックしたりして、たいそう楽しかった覚えがある。いつも花冠を作ってもらっていた。フラウディアはそう規模の大きくない町であったが、観光客や冒険者がよく来る場所で同じ規模の町ではかなり豊かな方だった。ローゼスはそこの領主の一人娘で、名君と名高い父は慕われていた。それ故、家族や村人から寵愛を受けて育ってきた。
時折厳しいけどかっこいい父と優しい母。仕えるメイドや執事もいた。いつも一緒に遊んでいた自分と同じぐらいの年の子供たち。お菓子をおまけしてくれたりした道具屋のおばあさん。不器用だけど世話焼きだった鍛冶屋のおじいさん。そして、シスターのイザベラさん。教会の若いシスターで、親が忙しいときはお付きのメイドなどと一緒に教会に行ったものだ。
当時の自分は教会が大好きだった、清涼な空気。キラキラのステンドグラス。そして何よりも母と同じぐらい優しいイザベラが大好きだった。
そんなある日、町の子供たちと遊ぼうと外に出ようとしたらメイドに止められた。どうしてと聞くとよくわからないが、誰かが来ていて邪魔したらいけないからといわれ、二階の窓から町を退屈そうに眺めていた。ここからでも何人かが教会の前で話をしているのが見えた。
その日の食事はよく覚えていた。教会で何があったのかをしつこいほどに聞いていたからだ。
「ねえ、きょうかいであつまってなにをしていたのかな?」
こんなことを何度も聞いていたのだ。
根負けして母がこう教えてくれたが、その時はよくわからなかった。
「解呪をイザベラさんに頼んでいたんだって。でも、ちょっとローゼスにはまだ難しいかな」
「かいじゅ? かいじゅってなに?」
「こらこら。ローゼス。あまりお母さんを困らせるんじゃないよ」
「うん。もういわない。ごちそうさま!」
「ローゼス。明日はピクニックに行きましょうか。いつもの花畑に」
「わあやった! こんどこそばらのかんむりつくってくれる?」
「ふふふ……そうね。いい蔓薔薇が手に入ったから、作ってあげましょう」
「わあ! おかあさんだいすき!」
あの時はとても嬉しかった。いつものようにピクニックに行けてしかも薔薇の冠まで作ってくれると。
しかし、深夜。村のあちこちで上がる悲鳴と怒号で目が覚めた。
窓から町を見るとあちこちに火の手が上がり嫌な臭いがした。衛兵が何かと戦っていた。魔物ではなく、人だった。
母が扉をけ破らんばかりの勢いで入ってきて、怯える自分を抱えて花畑に連れて行った。
「おとうさんは?」
「……みんなを避難させているわ。きっと大丈夫。あなただけは、守るからね」
花畑にぽつんと立つ大樹。いつもその下でピクニックをしていた。そこの洞に隠すように降ろされて、抱きしめられ、涙ぐんだ目で母はこういったのを覚えている。
「あなたは生きなさい」
洞が閉じる寸前、『聖職者の服装を着た何者か』が母を槍で貫いた光景が目に焼き付いて離れなかった。
成長してから、母は異能で洞を閉じて自分を守ってくれたのだと、何者かによって自らの故郷は一晩で滅びたのだと知った。
朝が来て目にしたのは母の亡骸、踏みにじられた花畑。がれきの山になった故郷。
あの時、すべてを失ったと思った。そして幼心ながら、復讐を誓った。
「ルインメーカー、必ず私が……」
小さく、そう呟いた。
抱きしめられる力が強くなったのを感じた。そういえば、そうだった。抱きしめられていたことを忘れていた。
「……ヨーコ、ちょっと抱きしめる力強いわよ……」
「うん……こうしてないとどこか行っちゃいそうだから」
「私はどこにも行かないわ。今こうやって一緒にいるじゃない」
「ううん、そうじゃなくて……なぜだかわからないけど……」
少し困ったように微笑んで抱きしめ返すと、陽子は頬を赤らめる。
「あ……」
「あなたがさっきからずっとしてきたことよ? 今更気にする必要ないじゃない」
返事は帰ってこなかったが、そのまま抱き合ったまま静かに時間が流れていった。
その後、その事をを仲間に言われてお互いに頬を赤くして離れることになるのだが、それはまた別の話。
***
そんなことがあった後だが馬車で、ローゼス主導で作戦会議が行われた。
「ルインメーカーについての話をしておきたいと思ってね」
「都市伝説と思ってたが、すでにこうして実在する存在として追いかけているわけだからな。今のうちに話をしておくのがいいな」
「特徴としては万年筆状の槍を持ったシスターで、私が数年前に片目を射抜いて、隻眼になっている……そういえば、ヨーコがルインメーカーに遭った時の話、していたわね」
「うん。なんだか不思議で、ゴーレムが察知できないし、私の攻撃をよけようともしなかったの」
「なんだそりゃ。ゴーレムって何でものを見ているんだった?」
そういって、スザンナがいれば長々と説明してくれただろうになと頭をかく。それに対して、その必要はないとローゼスはこう答える。
「今のゴーレムは、命探知の呪文で生物を認識していると姉様から聞いたわ。姉様は錬金術士だから、そういったことは結構教えてもらっていたのよ」
「命探知の呪文にかからない? ソレデハ、マルデ……」
死んでいる、とでも言いたいのとローゼスは不安げな表情を見せる。
そして、それはあり得ないとも。今までいくつもの集落や町を滅ぼして、つい最近もクイックシルバーを襲撃して、今も集光塔に向かっているのだからと、そう語る彼女はある種の願望も感じられた。
生きていてほしい、そしてすべてを奪った宿敵をこの手で倒したい、と。
「……なあ、ローゼス。なんか元気な葉っぱでもくれないか?」
「何よ急に。蔓薔薇の葉を剪定するから待ってて。」
ナイフで手首に巻き付けた蔓薔薇の葉を器用に落としていく。その姿をみて陽子は手首を切ってしまわないか気が気でなかった。
しかしそんなことは起こらず、いくつかの葉をサンゼンは得ることができた。
「おう、ありがとうよ。これ、何日ぐらい持つんだ?」
「異能で強化されてるから三日は元気なままよ。」
「……わりいが、これを編んで装飾品みたいにできるか?」
「リースみたいなものだったら葉っぱから作ったことあるよ!任せて!」
道具を取り出して、葉っぱを紐に縫い付けていく陽子。今度はローゼスが心配する番だ。
「……できたっ! 葉っぱだけだからちょっと地味だけど……」
「ありがとうよ! ヨーコ。なあアカリ。これ『見える』か?」
「……? 見えマスが、どうかしましたカ?」
これでも見えるか?と布に隠して見せてみる。一同はそれが何を意味しているのかわからなかったが、見えると答えたアカリにふうと一息ついたのを見て大丈夫なのだろうと安心した。
「外の様子も見て見ようよ……わぁ、真っ白……」
陽子が見たのは一面の雪景色であった。雪をかぶった木々はもう慣れたものだといわんばかりに、その身に雪を積もらせていた。
「銀世界というのかしら?こういうのを」
「北の関所を超えると8割は常冬の地。幸い吹雪に遭わずに里まで行けそうだ」
チェーヒロが指さす先には木造の家とは不釣り合いな黒い板が乱立する場所が見えてきた。
あれがモノリスだろうか。いくつか砕けており、すでに襲撃があったのを感じさせた。
「ゴンちゃん、急いで! もしかしたら今急げば間に合うかもしれない!」
陽子の言葉で唸るゴン。ぐんと速度を増して駆け出す。
里はもうすぐだ。