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黒の聖女の冒険譚~思い出をアルバムに収めて~  作者: ぬけ助
第8章 輝きの塔と狂王の槍
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第55話 北へ

 出会いこそはそっけなかったチェーヒロだが、初めての野営のときにいろいろ話してくれた。御者をやっていたが最近は隠居してたこと、その前は長いこと馬や魔獣の調教をしていたこと、やせ馬……陽子が『ゴンちゃん』と名付けたそれの先祖はたいそうな暴れ馬で苦労したこと、普通の調教師にはなめ腐った態度を取って蹴りを入れるから自分が駆り出されたこと、調教のときに落馬して全治一週間のケガをしていまだに腰が痛むことがあるなどと話してくれた。


「そういえばヒロさんはどうして調教師をやめたの?」


「要は飽きた。腰も痛む。お前たちも何か話せ」


 終始こんな調子で、このそっけなさはなんとなく館の小さな神の遣いを彷彿とさせた。二人が会ったらどうなるだろう、なんてことを考えながら陽子たちも過去を話していくことにしようとした矢先、サンゼンの方を見て少し驚くようなことを言った。


「お前五十年前にタイム砦にいただろ。嵐のようなやつだったな」


「あ、ああ。あの砦でエリクで遭ったんだったな。ヒーラーのあいつを背負って撤退したとき以上に死がすぐそばにある感覚を覚えたときはなかったな」


「あの時は一般兵だった。俺は運がよかったが、たくさんの同僚が怪我した……」


 ちらと陽子を見て言葉を止める。おそらくは少なくない死者も出たのだろう。気まずそうに頭を抱えるサンゼンだったが、戦争とはそんなものだと、今は恨んでもいないとフォローを入れた。


「あの後背負って撤退したあいつは酒の中毒で死んで、俺はむなしい気持ちのまま日雇いで城の護衛なんてのをしていたわけだ」


「そうか。そっちの金髪……ローゼスといったか。お前は?」


「独り立ちしてからは、ずっとルインメーカーを追いながら賞金稼ぎ。姉様の病気の治療費稼ぎもかねて、ね」


「決着つくといいな。じゃあ黒髪……ヨーコか。お前は?」


「私はずっと学校に行ってたなあ……隣の娯楽都市ぐらいまでしか行ったことなかったから、こういう旅は初めて」


「旅は楽しいか?」


「うん。大変なこともたくさんあるけど、みんなのおかげで楽しいよ。ヒロさんもきっとその一人」


「だといいんだが。最後。白いの。アカリだったか。お前は?」


 アカリはしばし思案してこう答える。


「私には過去がアリマセン。マスターであるヨーコサマと旅した記録しかアリマセン」


「最近目覚めたオートマトン。研究院で見てもらったら何かわかるかもな」


「ルインメーカーがナントカなれば、行ってみたいデスね」


「終わったら観光案内か? まあいい。今日はもう寝ろ。明日は早くに出る」


 それぞれが眠り始める。意外に思うかもしれないがオートマトンのアカリも時折眠ることがある。ランピィ曰く、眠るという行動によって夢の魔力を取り入れて動力源に変換しているのだという。

うまく眠れないサンゼンがチェーヒロに言葉をかける。


「あの時は、悪かった……あの時はあれが正しいと思っていた。英雄気取りだったよ」


「まあ、さっきも言ったが戦争はそんなものだ。お互い正しいと思うからぶつかり合う。五十年前のは魔族側から仕掛けた戦争。謝るのはこっちかもしれない」


「じいさん……終焉の星ってあると思うか?」


「知らぬ。あの時クアトラーダムでイーリスの予言が見つかった。皆、あの予言を信じていているだけで、本当にあるかどうかなんて誰も気にしてなかった」


「予言?」


「『白金の王が死す時、人の地にて終焉の星が目覚め、多くの血が流れる』だったか。その予言が見つかった頃に白金の王として知られていた先代の魔王が死んだ。それで皆信じてしまった」


「で、結局終焉の星は見つからず、戦争で多くの血が流れて予言は成就したと」


「そうだ。お前も寝ろ。火の番はやっておく」


「ありがとうな、じいさん」


 サンゼンが寝袋に入って眠ったのを確認すると、老人は空を見上げて沈黙する。ただ、焚火がぱちぱちを小さく爆ぜる音だけがあたりに聞こえていた。


***


 朝早くにチェーヒロに起こされた一同は旅の続きの準備をする。


「う……なんでこんな朝早くに」


 夜明け前ともいうべき暗い時間に起こされたローゼスは少し不満げだ。


「ここらは昼は危険だ。昼行性の魔獣が出る」


 それを聞いてそういえば、と陽子は気になっていたことを言う。


「ねえ、ヒロさん。魔獣と魔物、魔族って何が違うの?」


「……その疑問はほかで言うな。プライド高いやつの神経を逆なでする」


 魔族と魔獣を分けているのは魔王に自分の意志で忠誠を誓っているか否かだという。それらの総称として魔物が使われているが、あまり魔族の前で魔物といわないようにと警告された。


「街から離れると魔獣の縄張り。ヒトは魔獣喰いを忌避するらしい。だが、魔族にとっちゃ半分ぐらいの魔獣は動物と同じ。……そろそろ行くぞ。ゴン、行け」


 ゴンに牽かれて、暗闇の中、ランタンの明かりを頼りに馬車は進み始める。北に向かっていることもあって、寒さがぐんと増している。皆で用意していた毛布にくるまって夜明けを待っていた。

と、その時だった。がさがさと茂みから何かが飛び出して前に立ちはだかる。


「戦闘態勢を取れ。相手はホワイトデビル2体。」


 ふかふかの体毛に覆われたそれは、手に鋭い爪を持ち、寒冷地で哀れな犠牲者を待ち構えている。

馬車から飛び出すやいなや、ローゼスの二本の矢がホワイトデビルを狙う。

 片方には直撃。もう片方は矢を察知してよけた先にさらにもう一本の矢が置かれているかのように放たれており、傷を負う。

 ゴンを守るように前に出たアカリとサンゼンは振り下ろす爪を受け止めて抑え込んでいた。


「一気に行くよ! クレセントカッター!」


馬車から顔を出した陽子の魔法が弧を描いて飛び、二体を捉え、それが決定打となり、地に伏した。


「あっさり倒すんだな。さすが大会優勝者」


「ヨーコがいないとちょっと危なかったかもしれないけどね。ゴンもあなたも守らないといけないし。二人がそれぞれ抑えていたとはいえ暴れられてたらどうなってたか。それにしても……」


 地に伏したホワイトデビルを見てうーんと思案する。この先さらに北に向かうならば寒くなる。このふかふかは魅力的だった。


「剥ぎ取るのか? ナイフなら持っている」


「自分のがあるわ」


「おい、それやるならちょっと見えないところでやれよ? ヨーコには刺激が強すぎる」


「わかってるって。それじゃあこれを積み込んで、安全なところでやるわ。この先関所があるんでしょ?」


「そうだ。荷物が増えるがまあ大丈夫だろう。行くぞ」


 再び馬車で北の関所へと向かう。

 日が昇り、関所がもう間もなくといったところで思わぬ足止めを食らってしまった。

 二人の兵士がここは通せないというのだ。


「魔王の太鼓判があってもダメなのデスか?」


「はい、荷物をここに置いてくれれば、先に進んでいいですよ」


「ホワイトデビルが二匹積んでいるわ。一匹あげるから通してくれないかしら?」


「だめです。全部置いていってください」


どうして全部いるの? と、聞く陽子にたじろぐ兵士たち。


「なんか怪しいな。そもそも関所はルインメーカーの襲撃で……」


「だ、だからその関所の復興のための物資だろ? ホワイトデビルの毛皮はベッドに最適だろう! だから持ってきたのだろう!」


「嘘つけ。お前たちはここの兵士の装備をかっぱらった賊か。関所の兵士気取りだが下手な変装だ」


 チェーヒロにそう指摘されて、じり……と後ろに後退する。どうやら図星だったようだ。


「今からホワイトデビルの皮を剥ぎたいんだけど、皮が二枚増えることになるかしら?」


 ローゼスの脅しにビビったのか、悔し気に馬車を見ながら逃げ出してしまった。


「ローゼスさん……もし、あの人たちが逃げなかったら本当に皮剥いじゃっていたの?」


「そんなわけないじゃない! そんな悪趣味なことはしないわよ! ……さてと、関所のどこかで毛皮を剥いでくるわ。サンゼン、手伝って。」


「おう、こいつを運ぶんだな」


「ワタシは、マスターと馬車に残って安全を保ちます」


 二人を見送った陽子は小さくつぶやく。


「……ちょっとかわいそう、かな」


「甘い。弱肉強食という言葉がある。弱ければ狩られる。鍛錬を忘れるな」


「う、うん……」


「本当によく旅に出たな。旅してどれぐらいになる」


「二か月ぐらい…かな。気づけばもうそんなに旅してたんだなって」


「そうか。……怪我には気をつけろ。あれは駄目だ。心も縮こまる」


「ありがとうっ! ヒロさんの腰、大丈夫?」


「最近は傷んでない。ありがたいことに」


 そんな話をしていれば剥ぎ取った皮をもった二人が返ってくる。


「本格的な処置はできないから胞子とか使って代用しているから少し匂うけど許してね」


「ローゼスがこういうことできるなんて知らなかったな。もう少しなんといえばいいのか……」


 お上品だと思っていたとでも言いたいのとちょっと冷めた目で見つめるローゼスは言葉を返す。


「賞金稼ぎなんてこんなものよ。仕事に報酬が釣り合ってない事もあるから、自分で報酬を得ないとだめだったりするの。言い方は悪いけど装備や素材を奪ったりしてね」


「大変な仕事なんだね……」


「まあね。……ルインメーカーを倒したら何もかも奪い返してやろうかしら。なんてね。本当に倒せるといいんだけど」


 そんなローゼスを優しくぎゅっと抱きしめる陽子。戸惑いながらも受け入れて暖かさを受け入れる。

 その様子を見ていてなにか声をかけようとしたアカリだったがサンゼンに止められ、耳打ちされる。


(そっとしておこうぜ。あいつは……本当にルインメーカーに関しては身が焼け焦げるような憎悪を抱いている。それを癒したり宥められるのはほんの一握りだ)


(…ワカリマシタ。その間に毛皮を馬車の扉にかけておきマショウ)


 扉に毛皮をかけたのち、チェーヒロも事情を察したのか静かに馬車を走らせた。


(こうやって身体に抱擁を受けたのはいつぶりかしら……姉様の抱擁は手だったし……本当の母様の……)


 目を閉じて追憶する。彼女の故郷、フラウディアの暮らしを。

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