第54話 新しい出会い
「……案の定というか、かなり獣臭いわね」
ローゼスが気まずそうに案内されたところで口を開く。それもそうだ。ここには魔王軍の陸路を支える様々な獣がいるのだ。臭いだけでなく騒がしかった。
「コノナカから探すのデスカ? 骨が折れそうデス」
「私がそれぞれ説明しますのでついてきて下さい!」
兵士の説明を受けながら様々なけん引用の獣や魔獣といったものを見ていった。
どれにするか、意見も割れていたが陽子はあることに気づく。
「ねえ、あの子私たちの事をずっと見ているよ」
そういって、やせた白馬を指さす。確かに陽子達をずっと見ている。動物も人の言葉がわかるのだろうか。
「ああ、あの馬ヒトとの交流三十周年の証として贈られた馬の子孫なんだが、どうも……騎兵としては芳しくなくてずっとここにいるんだ。こういうのもなんだがあまり……」
じっとやせ馬見つめ返す陽子。周りの軍馬と比べると二回りは小さいだろうその体は乗ればすぐに折れてしまいそうだった。しかし、目は情熱に燃えていた。
「ねえサンゼンさん。動物の気って読めるの? あの馬の気を読んでみてくれないかな?」
「お、おう……確かになんか俺が気になってたやつはなんか乗り気じゃなそうだったんだよな…」
と、ヒッポグリフをちらと見る。それが放つ気からはヒトを見下している風のものを感じていた。
「……お? なんか気合入っているな。もしかしたら、陽子の言うように思わぬ逸材かもしれないな」
「うーん、その先祖はヒトの王家の馬車馬だったらしいですからね。確かにそれは間違ってないかもしれませんけど…」
なんとなく、兵士からは「そこまで言うなら、扱いに困ってるからもってってくれ」と暗に言われているような気が陽子以外の三人は感じたが、それに気づかない陽子はサンゼンの言葉を聞いて頷く。
「じゃあこの子にしようよっ」
「……ほかの方も異論はないですか?」
陽子がやせ馬のほうに駆け寄るのを見て、まあいいかと一同も賛成して陽子についていく。
ふごふごと少し息を荒げていて兵士は今までにないほど元気だと驚く。
「とりあえず、決まったけどこれからルインメーカーを追うのかしら?」
「デスネ。持ってきた荷車の様子を見にいきマショウ」
馬の事をその場に働いていた人に任せて一同は荷車を取りに向かう。兵士に案内されて城の外へと向かうための花畑がある中庭を通っていたのだが、少女の泣き声が聞こえてきた。
「わぁー!! 風船がー!」
見て見れば木に風船が引っかかっているでないか。少女はぴょんぴょん木の下でジャンプしてるが到底届かない。おつきのメイドだろうか? 横の女性はおろおろしてどうすればいいのかといった風であった。
兵士はやれやれといった感じで梯子を取ってくるのでそこで待っててくださいといってその場を離れてしまった。
「わああ…兵士さん行っちゃいました……だ、大丈夫ですよー兵士さんがとってくれますからねー」
「待ってたら飛んでっちゃうもん! 前もそうだったもん!」
「あわわ……どうしましょう…」
何とも微笑ましい感じだが、風船を取らないことには少女の悲しみは収まることを知らないだろう。
これぐらいなら怒られることはないだろう、とサンゼンが二人の方へと歩を進める。
「あの風船取ればいいんだな?」
「あっ…はいーそうしてくれると助かりますー」
真下からぴょんと跳躍して風船の紐を握ってすぐ、木を蹴って木から離れたところに着地した。
「これでいいか?」
「わー! すごい! おじちゃんありがとー!」
少女はぱぁっと笑顔を花開かせて風船を受け取る。
「あ、あの、ありがとう、ござい、ます。チームアイリスの人、ですよね?」
「そうだが……どうした?」
「この子もあなたたちの試合をとっても楽しんでました。ありがとうございます」
メイドは頭を下げるのにつられて少女もありがとうと頭を下げる。
「ただいま戻りました……ってああっ! 風船が! せっかくの成果……いや、ありがとうございます」
そのころ戻ってきた兵士はちょっとがっかりしていたが、その後の案内は滞りなく、城の外にでて荷車の改造を行っているという工房の方向を教えてもらって別れることになった。
「……おじちゃんか。そういわれるほど老いてはないつもりだったんだがな」
「まあ、いいじゃない。いいことをしたんだから」
「そうはいってもさローゼス。俺だってそろそろ伴侶をもって創造の儀なんてのをやらないといけない時期なんだよな。といっても、やっぱ俺だめだわ。あの嬢ちゃんの事考えちまうから」
「創造の儀?」
聞いたことない言葉を聞いて首をこてんとかしげる陽子。
ローゼスが少し頬を赤くしてどういえばいいのかってやきもきしていた。
「あー…スティックメン特有の儀式でな。流れ星が降る晴れた夜に伴侶となるものと自分の血、特別な触媒を混ぜたもので大地に棒人間を描くんだよ。そうすると流れ星がそこに落ちてきて、それが新しいスティックメンになるってわけだ」
「わあ……なんだか神秘的……」
「俺のこの糸目だってお袋が描いたんだぜ?」
ローゼスはほっと胸をなでおろす。陽子に向けてサンゼンが子作りだよと直球で簡素な説明でもしたらどついてやめさせようと思っていたからだ。
目をキラキラとさせていた陽子だったが何かを思い出してしゅんとなる。
「そっか…サンゼンさんずっと一緒だった人いたもんね……」
「まあ、これからは気楽に一人で暮らすってのも悪くないがな。とりあえずこの旅が終わってからだ」
そんなことを話ししているうちに工房にたどり着いた。
「着きましたヨ。ここが工房デスか」
「荷車は……えっ、もしかしてあれ?」
そういってローゼスが指さした先にはしっかりと屋根の張られた立派な馬車だった。元は四人と荷物だと少し狭いぐらいであったが、今は八人乗せて荷物を載せてなお余裕がありそうであった。
「おっと、こいつはすげえや」
「どうです? これなら長旅でも困ることはないですよ!」
工房の職人のタロニアンが誇らしげにそういう。
「……故郷のことは大丈夫なの?」
「あそこは防衛機構も兵士も大量に集まっているからね。集光塔自体も最新鋭のモノリスがびっしりとあるからそうやすやすと近づけないよ」
モノリス?と首をかしげる陽子。魔族領に来てからこういったしぐさすることが多い気がする。
「近づくと光線を発射して自動で迎撃するゴーレムだよ」
「……それって大丈夫なの?」
「え、何が?」
「ルインメーカーって、確かゴーレムは見つけられなかったような……」
と、陽子は飛行船での出来事を思い浮かべる。すると、職人は汗をだらだらと流し始めた。
「……す、すぐに仕上げるから故郷を守ってくれ、な、な?」
「ええ、もちろん。あいつをこのままにしておくわけにはいかないわ」
「ほら! できたぞ! ばっちりだ! 馬車留場で御者と合流するといい」
ありがとうと、頭を下げて馬車とともに旅の準備をしながら御者の元に向かう。あらかじめ準備していたからか、そんなに時間はかからなかった。
待っていたのは老齢の気難しそうな男の魔族だった。
「チェーヒロ。お前たちの御者になる者だ」
そっけないと苦笑いするサンゼンとローゼス。よろしくねヒロさんとあだ名付けて親しげにする陽子。
よろしくお願いしますと、言葉を返して粛々と荷物を積みいれるアカリ。新しい仲間に対する反応はそれぞれだった。
「乗ったな? 行くぞ」
目指すは首都から北、集光塔の麓、タロニアンの里。
陽子達の旅はまだ続く。
集光塔
太陽の光から光の属性を集める、魔族の重要施設。
これを失えば、照明の類を失う。
魔は闇に潜むが文明的な暮らしには光と闇の調和が必要不可欠。
そんな文明的な暮らしをする魔族にとっては、光の属性はかかすことができないものなのである。