第53話 魔王の太鼓判
宿屋の窓から見渡す街の景色は大会が終わったこともあってごった返すような人だかりこそ無くなったものの、すでに本来の賑やかな姿を取り戻していた。
「へへっ、やっぱこういう平和が一番だなほんと……ん?なんだこれ?」
宿屋のエンドテーブルの上に手紙が置いてあった。
その手紙は直接渡したいものがあると給仕のおばちゃんからの手紙だった。
「あー数日あっちで休んでたからな。その間に何か届け物があったんだろ」
「ワザワザ直接渡したいト言ってるのですから、大切なものかもしれませんネ」
会いに行こうかとドアに手にかけようとしたタイミングでドアが開く
「あんたたち! ちょうどよかった! 大事な手紙があるんよ」
給仕のおばさんが手渡した手紙…それは闘技場でも見たエンブレムでロウ付けされた手紙。
「こ、これってもしかして……」
「ああ、大事なわけだ 。これは魔王国のエンブレムだ。つまり魔王が直々にってやつだ……」
「とりあえず読んでみようよっ」
妙な空気になりそうなのを遮って、陽子が率先して手紙を読む。
「コレは……」
要約すればある喫茶店の店員に会って、『猪肉のヌポの葉包み』を注文してほしいと書いてあった。
「あっ……この喫茶店って……」
「レクイエムの話を聞いた場所ね。でもそんなメニューあったかしら?」
何があるかわかったもんじゃねえから、とりあえず準備だけはしておこうというサンゼンの提案で、市場で消耗品を中心に購入しながら喫茶店にたどり着いた。
「……ぬ。いらっしゃい。……どうしてそんなに重武装なんだぬ?」
喫茶店で店員に不思議がられるのをなんとか誤魔化しながら、手紙に書いてあった通り、『猪肉のヌポの葉包み』を注文した。
「……ヌポの葉は棘があって肉を包むような葉じゃないぬ。……お出しするので、ついてくるぬ」
そういって、店の裏へと誘導する店員。
「本当に大丈夫かしら?」
「悪い人じゃないし、行ってみよう? 一応何かあったときの準備もしたんだし……」
「よし、ヨーコを囲むようにしてあとについていくぞ!」
王城の城壁の一角にたどり着いた一同。
「何もないように見えるけど……」
「ぬ。これをこうすれば……」
店員が手に持ったペンダントを壁に触れさせると壁が開き、その奥には隠し階段が現れた。
「わあ……すごい……」
店員は相変わらずついてくるように言っている。
「……アノ時、アナタは腰ぎんちゃくと言ってマシタが、その相手……モシヤ?」
「ついたぞ」
いつの間にか別人のようになった店員についてきた終着点は謁見の間であった。そして、そこにいたのはもちろん……
「魔王様。チームアイリスの者を連れてまいりました」
「大臣よ。よくぞチームアイリスの者を連れてきてくれたな」
魔王が玉座で陽子たちを見据えていた。その目からはとても強い力を感じて、それに気圧される一同。特に陽子は委縮してしまっていた。
「そんなに改まらなくていい。呼んだのは他でないこの俺なのだから」
サンゼンが勇み足で前に出て、終わった大会のチームに何の用があるのだと聞く。
「そうだ。大会は終わった。本来ならば民の前で栄誉を与えられるはずだったが……あんなことがあったからな。それ故、ここに呼んだのだ」
そういって魔王は指を鳴らす。すると、銀製のブローチが4つ現れる。
「コレが魔王ノ太鼓判……?」
「いかにも。あの戦いを制した者にふさわしい栄誉だ。受け取れ」
魔王の魔法だろうか。ブローチがそれぞれの前に浮かぶ。
「これをつければいいの?」
ローゼスがブローチを身に着けるとブローチが輝き光が体に吸い込まれていく。
「……何が起こったの?」
「ブローチにしているのは民にわかりやすくするためだ。ブローチに込められた魔力こそが真に魔王の太鼓判である」
大臣の説明に心配そうにローゼスを見る陽子に、大丈夫。何ともないわと笑顔で返す。その姿を見て陽子も勇気を出して手を伸ばす――
「あれ、なんだか心が落ち着く……月の光を浴びて散歩をしているときのような……」
「月の魔力を帯びている。玉眼だと普通のヒトでは気づけないものを感じ取れるのかもしれないな」
「あー……やっぱ魔王には見抜かれていたか。偽ったことに関する罪はあるか?」
頭を抱えるサンゼンにはっはっはと笑って受付が勘違いしただけだそんなものあるはずがないと応える。
「さて……魔王の太鼓判を与えたものには他にも褒賞を与えるのが決まりとなっている。玉眼の少女よ。何か望みはあるか?」
突然話を振られてびっくりして、どうしようと仲間たちを見回す。そして、ある事を思い出してその問いに答える。
「えっと……馬、お馬さんが欲しいな。荷車で旅してたけど、サンゼンさんやアカリさんに牽いてもらっていたから、馬に牽いてもらったらみんなで荷車に乗れるかなって……」
「馬が欲しいか。それならば御者も必要となる。どちらも用意しておこう。荷車も多少改修しても構わないぞ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
魔王はそんな目を輝かせる陽子を見て微笑ましく思って白い歯を見せた。しかし、それもつかの間、突然駆け込んできた手負いの兵士に目を丸くする。
「なんだ、どうした!」
「ま、魔王様……大変です、ルインメーカーがタロニアンの里方面に向かってます!」
その言葉に魔王の顔が鬼の形相となる。
「防衛隊と防衛機構はどうした! あの地は許可を持つもの以外は通してはならぬはずだが!」
「そ、それが……壊滅状態です、ゴーレムも、兵士も甚大な被害を負いました」
「……そうか。むしろ今はその状況でお前が生き延びて報告をしてくれたことを褒めるべきなのだろう。傷の手当をしてもらってよく休め。お前はそれだけの働きをしてくれた」
そういって、手負いの兵士を見送った後、魔王は陽子達に向きなおる。
「どうやら、お前たちに力を貸してもらう必要があるようだ。あの地は集光塔という我ら魔族にとって重要な施設がある場所だ。関所は太鼓判を見せれば通してくれるはずだ。急いでくれ。あまり時間はない」
「魔王様、太鼓判を与えたとはいえ、彼女らに集光塔に向かわせるのはいかがなものかと……」
「心配するな。彼女らは――あのマスクド・ボタンも打倒したのだ。その実力は折り紙付きだといっておく。さて大臣よ、もし塔が破壊されれば、ルインメーカーがこの街に現れる可能性がある。防衛のための策を講じなければならない」
「……承知しました。ですが、彼女らへの報償の件はいかがいたしましょうか」
悩む魔王。ルインメーカーの件がなければ直々に陽子達を連れ立って選びに行くところだったが、さすがにこの状況でそんな暢気なことはやっていられない。そんなことを考えていた時だった、一人の兵士がくしゃみをした。俯いていることからやらかしたと思っているのは明らかであった。
「そうだ、お前だ! この者たちに馬を見せてやってくれ! 話は聞いているだろう。責任はあとで俺がとるから彼女らに馬を見せて選ばせてやってくれ!」
突然の指名に驚愕する兵士。まだ新人の自分がそんな大命を任されるとは思いもしなかった。
もし大事な馬を選ばれたらどうしよう……そのようなことを考えながら、心の中では縮こまりながらそれを察されないように陽子を案内するのであった。