第52話 最後の玉眼
閑散としたアリーナ。陽子を応援していた観客も今になってようやく闘技場を後にしていた。
アカリは戦闘不能となったハディンを解放して陽子に振り返る。
「やりましたねマスター! これで優勝デス! ……この試合の証明者がいればデスが」
返事がない。それもそのはず、陽子は涙目になってダウンした二人に黒の力を行使していた。
「サンゼンさん、ローゼスさん……死んだら嫌だよ……!」
「くそっ……アリーナの防護魔法があってもこれは効いたぜ……」
「そうね……ヨーコ。肩、貸してくれるかしら」
陽子の助力もあって、何とか立ち上がるローゼス。
「わりぃ、アカリ。こっちも頼む」
アカリはサンゼンの方に向かう前にもう一度ハディンの方へと視線を移した。
そこに彼の姿はなかった。
「いない! この短い間に一体ドコに…!?」
その時、陽子達を笑う声。実況席にハディンはいた。
「少々想定外だが、まだ終わりじゃない! 再び星が降る日を恐れているがいい!」
「あっ、まちやがれっ! くそっ、これじゃ追うのは無理だな……改めて頼む」
アカリに肩を貸されて立ち上がるサンゼン。
とりあえず闘技場から出て館に戻った方がよいだろういう、アカリの提案をうけて二人を支えながら宿屋に向かうのであった。
にぎわうはずの夕暮れだというのに静かな魔族の街を四人で歩く。 陽子達以外で歩いているのはハディンやレクイエムの分派の協力者たちを捕えようとしている衛兵たちだけだった。
「ヨーコ、アカリ、支えて疲れたろ。ちょっと休憩しよう」
サンゼンが指さす先には大会の前に皆でお茶を飲んだ喫茶店があった。
「えっ、二人とも……怪我は大丈夫なの?」
「まだちょっと痛むけど……二人に……特にヨーコ。あなた、アイツとの戦いの後からずっと私を支えてるじゃない。 二人も休まないと駄目よ」
喫茶店も静かで、あの時もう一杯お茶を入れてくれた店員がテーブルを拭いていた。
「今は闘技大会で星が降ったって大騒ぎで避難命令中だからやってないぬ」
「そっか…そんな時にお邪魔しちゃってごめんね」
「ぬ。星降らした奴をやっつけたのだろう? お茶は出せないけど少し座って休むといいぬ」
促されて、陽子達はテーブルに座る。
忙しそうな衛兵たちとは対照的に静かな時間が流れる。
くろがテーブルで丸まり、それにローゼスとサンゼンが手をかざす、少々奇妙な風景でもあったが。
「そういえば…あなた何者なの? 私たちにレクイエムの事を教えてくれたりして」
ただの腰ぎんちゃくと答えながら、他のテーブルを拭く魔族の男。
返す言葉もなく、しばらく沈黙する一同。
少し疲れも取れたので、そろそろ立ち去ろうかということになって席を立つ。
「あ、あのっ……ありがとう、ございます。休ませてもらって」
頷いて、大会前にしてくれたように手を振って見送ってくれた。
手をかざしていたこともあって、だいぶ負傷がましになったのか、二人は支え無しで立ち上がる。
今度は四人並んで歩く。宿屋はもうすぐだ。
「あんたたち! 無事だったのね! ええ、ええ…ええことや……」
ぎゅうと陽子を抱きしめる給仕の人。
「大会で星が降って障壁が割れて大騒ぎになったって聞いたから……心配してたんよ」
「お、おばさん……くるし、苦しい…」
「あっ、ごめんねえ。おばちゃん、ちょっと力加減間違えちゃった。ちゃんと綺麗にしておいたからゆっくり休むんよ」
「ありがとうございます。皆、行こう。」
それぞれ礼をしながら部屋に上がる。
そして、鏡に手を触れて、何とか館に戻ったのであった。
***
その日は泥のように眠り、それから数日の間ランピィの手当てを受けた。少しずつ傷などが癒えたある日、朝食後に館の食堂にて今までのいきさつをメリー達に話す陽子達。
「大会優勝おめでとう。もう少しゆっくり休んで……とも言ってられない」
「星を降らせる男……何か他にわかることは?」
陽子を守るので精いっぱいだったからなと首をひねるサンゼンたちをよそに陽子はある言葉を思い出していた。
「そういえば、ハディン……さん、音紡ぎっていってた……流星群、だっけ」
その言葉を聞いて、納得がいきましたぞとランピィは歴史書を手に取り、ページを開く。
「流星群……音紡ぎの祖が紡いだ三編の楽譜のうちの一つですな。複数の歌を一つの歌に紡ぎあげ、作られた楽譜は膨大な魔力を秘めており、その力の一片を使うだけでも膨大な力を発揮することができる……それ故、悪用を防ぐために様々な方法で秘匿されたと。しかし、流星群は戦禍にて焼失した、とされているようですが……」
「ハディン・スコール。娯楽都市の宮廷楽師。彼がなぜそれを手にしているかはともかく、対抗手段を見つけないといけない。ルインメーカーの行方も気になるし、旅の準備をしておいた方がいい」
そうだった。この激戦を制したのもルインメーカーを追うためだったと思い出し、サンゼンはふうと息を吐く。
「そういや……俺たち何でルインメーカー追うことになってるんだっけ?」
「――世界を蝕む大いなる禍だから」
「奴を倒さないといけないことは納得できるわ。でも……それだけじゃないでしょう? ヨーコに無茶させる理由は」
ローゼスがそう問い詰めると、言葉に詰まったのか俯くメリー。
それを見かねたのか、ランピィが口を挟む。
「お客人はどこまで古代イーリスの事について知ってますかな?」
それに対して、スザンナやフタバがいれば……と思いながらあまり知らないと答える一同。
ランピィが返答を聞いて言葉を続けようとするのをメリーが遮る。
「――私が、説明する。古代イーリスには高度な文明があった。これは知ってる事?」
頷く一同を見て、話を続けるメリー。
「ただ高度なだけではなかった。彼らは神の力すら手にしたといっても過言ではない。そのうちの一つが未来を知ること。自らの文明の崩壊も……」
「あんま聞いてて気分のいい話じゃねえな。俺だったら変えられるように精一杯足掻くんだがな」
「今も無関係じゃない。今起きていることにまつわるものがある。『悪狼星を手に禍解き放ち、光の塔は崩れん。星降る夜、始まりの地で終焉率い双頭の竜出ずる。世界の命運は最後の玉眼に委ねられる』」
玉眼。闇の女神の祝福を受けて赤い目を持つヒトの事。人類史でたびたび現れ、時には人々を導き、時には禍を与え、時代を変える存在と夜の教団は伝えているが、多くの人々は戯言だと信じていなかった。そして陽子はそんな玉眼なのであった。
「えーと…つまりどういうことだ? ヨーコに頑張ってもらわねえと世界終わるっていうことか?」
そうなりますな、と簡潔に肯定するランピィに複雑そうな表情をするローゼスは他に玉眼はいなかったのと二人に問う。残念ながら、と冷たく返すメリーが少し間をおいて、陽子の方に向き直る。
「……ヨーコ。あなたはどうしたい?」
「私、私は……嫌だよ世界が終わるなんて。綺麗な事ばかりじゃないかもしれないけど、それでもこの世界が好きだから」
その言葉にメリーは頷いて、ローゼスは少し困ったような笑顔で陽子の方を見る。
「――そうね。あなたがそう言うのならば、これからは私もあなたが無茶しているとかできるだけ言わないようにするわ。私もヨーコの味方だから」
「ツマリ、やることは今までと変わらないト?」
「まー、そうだろ。とりあえず悪い奴らをぶっ飛ばして、世界を救う。そして俺たちのリーダーがヨーコだってだけだ」
そう言って立ち上がったサンゼンは、そろそろ街の方に行ってみたらどうだと提案する。
「うん。街の様子も心配だから……行こう、皆」
一同頷いて、魔族領への鏡に触れるために席を立つ。それを見送るランピィとメリー。最後の一人が移動した後、ランピィはメリーに言葉をかける。
「そろそろ、本当の事を言ってはどうですかな?」
ふるふると首を振るメリーにやれやれとランピィは呆れながら続ける。
「こうやって話ができるうちに打ち明けた方が楽だと思いますぞ。……もはや話すことができなくなってから、全てを話したいなどと思ってもできないのですから」
俯いて黙りこくっているメリーにまあ仕方がないですなと掃除の準備を始めるランピィ。
「……この世界が好き。あの子はそう言っていた。じゃあ、私は? この世界をどう思っているの?」
小さく、メリーの自問が木霊した。