第51話 降り注ぐ流星
「レディースアンドジェントルメン! 今日ここで『最強』が決まる! 皆さん、拍手を持って両チーム迎え入れてください!」
「誰が予想したかこの展開! たぐいまれなる連携でエリクとマスクドボタンという強敵を打倒し、この決勝まで勝ち上がってきた! うら若き初心夢魔ヨーコ率いる! チーム、アイリスー!!」
陽子達を出迎えたのは、あふれんばかりの大歓声。いつの間に作られたのか応援旗があちこちで振られている。
「そしてこちらも予想外! レクイエムからの刺客が決勝まで勝ち上がった! そしてローブの男! お前は誰なんだ! 本当に誰なんだ! チーム、マリーゴールド!」
反対側から現れるは、三人の魔族と一人の謎の男。エリクの言っていたフードの男とは彼の事だろう。
「ジョンさん、どのような展開になると思いますか?」
「見てきた中ではアイリスがかなり優勢かと。ただし、最終的にはお互いのリーダーの地力が勝敗を分けると思いますね。両者の活躍は我々も見てきましたが……フードの男、正体もそうですがまだ何か隠していますね」
「わかっているのは吟遊詩人であるということと、敵チームを仲違いさせるような何かを持っているということですね」
「なるほど、チームの連携力で勝ち上がってきた、チームアイリス。そして、それを崩さんとするチームマリーゴールド、勝負はどうなるか! 試合の開始はもう間もなくです!」
陽子たちはフードの男率いるチームマリーゴールドと対峙する。
ほかの3人は町でも見かけるようなありふれた魔族だったが、それだけに素性がわからない男の異様さが際立つのであった。
「おい、フードの野郎! 何かひとつ言ってみたらどうなんだ!」
それでもなお、語らない男はサンゼンの言葉をあしらうような仕草をとったのち、得物であろう竪琴を取り出す。それに応じるようにほかの3人も得物を構える。
「なら、是が非でもしゃべられるようにしてやろうじゃねえか! 行くぞヨーコ! 皆!」
「……うん! 皆、構えて!」
試合のゴングが鳴ると同時に男が陽子めがけて接近する。手には棘。それを察知したアカリは即座に盾で、受け止めてそのまま地面に押さえつける。
「連携を崩すときいたけど、無駄よ!」
ローゼスは、対策用のアロマの入った瓶の封を開けて落とす。周囲にラベンダーの香りが広がるのを感じた男は舌打ちして、拘束から逃れたのちに音を奏でる。音が武器を研ぎ澄まし魔法の鎧となって、こちらを指さす。やれと言わんばかりに。
しかし、弓を成長させながら、的確に回復術士を集中的に狙っていくローゼス。魔法の鎧の上からでも相手の戦士の魔族をのけぞらせるほどの一撃を加えるサンゼン。陽子を狙ってとびかかる盗賊らしき魔族の攻撃を受け止めて弾き飛ばすアカリ。
エリクの言っていた通り、フードの男以外は大したことがなさそうだ。陽子もまた、攻撃を引き付けてくれているアカリの治療をしながら隙を見て相手の活力や勢いを削っていった。
相手の強化を上からも大立ち回りする陽子たちに観客は沸く。
「さすが強いぞ、チームアイリス! ですが、まだフードの男の謎は謎なまま! そろそろその謎を明かしてくれ!」
「ちょっと待ってくださいボリーさん。ローブに手をかけましたよ」
「ついに謎が明かされる! 一体チームマリーゴールドを率いていた男は何者なのか!」
男はローブを脱ぐ。現れた銀髪の男に観客がざわつく。それもそのはず、彼はヒトだったから。そして陽子は驚く。ハディン・スコール、娯楽都市の宮廷楽士であった。
娯楽都市のあの惨事から生き延びていたのだろうか。
「ボクに手を焼かせるなんていけない子だなあ初心夢魔ちゃん。周囲に希望を与える君の仕草……気に食わないんだよね。だから、ここで挫いておく必要があったわけだ」
「なにを……言ってるの?」
「気に食わないって言ってるんだよ! それに、まさかこのまま勝てるとでも思っているのかなあ!?」
変貌した男の様子に驚きと恐怖を隠せずにいる陽子をかばうように立つ一同。
「そうかい、俺は好きだぞ。お前に変なこと、させるつもりはねえ」
「どうかな。ボクには大いなる力がある。そろそろ幕引きと行こうじゃないか」
そういって音を、否、歌を紡ぐ。
「さあ! 終演だ! 音紡ぎ、『流星群』!!」
大量の熱源を察知してアカリがモジュールの出力を最大にする。その夜、アリーナに星が降り注いだ。
***
アリーナは焦土と化して、チームアイリスどころかマリーゴールドのメンバーまでダウンをしていた。
しかし、術者のハディン、そして皆が全力で守り抜いた陽子だけがその焦土でまだ、立っていたのだった。
「アカリ! 皆!」
「マ、マスター……私は再生モジュールでまた立ち上がって見せマス……だからそれまでは耐えてくだサイ……!」
「なんていう破壊力…! これがローブの男の本気……!?」
「これちょっとシャレにならないですね。両者リーダー以外戦闘不能。さてあの吟遊詩人に初心夢魔はどう立ち向かうのか。私は少々離席しますのでボリーさん、頑張ってください」
「ちょっと、ジョンさん! ちょっと冷静すぎませんか? ジョンさん! ……はあ」
突然の行動に驚きを隠せずに動揺する実況。
観客にも怯える者、逃げ出すものと混乱が徐々に広がっていく。
「これ、下手したらヒトの娯楽都市が焼けた時みたいな大災害に…… おっと、通信が。エッ!? 観客を守る障壁が壊れた!? もう一度さっきの奴がきたら……」
このようなこと、長年実況をやってきて初めてだった。魔王曰く、国の宝は民であると。
ならば、自らがするべきことは。
「緊急事態です! 観客を守る障壁が破壊されました。直ちに避難してください! 私は、皆さまの安全を確認してから逃げます! 実況のボリーでした!」
その言葉が決定的となり、大混乱となってアリーナから続々と人が逃げ出す。
「そうだ。これこそが生き物ってやつだ……ハハハ、危険から逃げ出す姿の無様さといったら!」
忘れえぬ、あの風切り音、爆発、衝撃。娯楽都市をあのようにした正体は、流星群。
それを感じてぐっと杖を握る手に力が入る。
「酷い、どうしてそんなこと言えるの?」
そうだそうだ!と陽子の熱烈なファンが野次を飛ばす。彼らは彼女の応援のために残ることを決めたようだ。
「……ふふ、そうじゃないとな。狂信者っていうのは。それじゃあ見せてやろう、お前たちが信じている者の内に秘めた醜悪なモノを……! キミにこの『心の棘』を味わせてやるよ!」
そういってハディンは棘を取りだす。もうアロマの香りも残っていない。これを受けたらどうなるかはわからない。だが、とても悪い予感がする。何としても避けなくては。そのために夜の帳を展開する。しかし、的確に陽子本体を狙った突きが襲い掛かる。避ける、杖ではじく、逃げる。そのような繰り返し。
疲労が積み重なり、追い詰められ、次第に心の余裕がなくなっていく。
「そうか、何を言ってるかわからないか。心の棘ってのはな、怨嗟あふれる呪具。決して癒えない傷の具現化。さあこの棘に貫かれてこのボクを解放してくれ!」
一方的な防戦。拘束されそうになるのを紙一重でかわして、距離を取る。
「どうだい、そろそろ自分をさらけ出す気になったかい? その、聖女の仮面を剥いで本来の姿を……」
「だめだっ、ヨーコちゃん! あんな斜に構えた奴なんかに負けるな!」
お前たちも逃げるんだという、ボリーの声を無視して陽子に応援を続ける危険を承知で残った僅かな人たち。
「チッ。うっとおしい奴らめ。大人しく蹂躙される様を見ていろ!」
そう言って、陽子の方に向き直る。
「あの時、ボクを守ってくれる人はいなかった。なのに、ヨーコ! お前って奴は! ああ、うらやましいぞ、妬ましいぞ……! 決して癒えぬ、この過去の傷が……『まだ終わりじゃないぞ! 小娘!』」
その言葉に、ぞわっとする感覚。
体が竦んで行動が遅れた陽子をハディンの構えた棘が陽子めがけて振り下ろす。
しかし、それが陽子を捉えることはなかった。くろがハディンの手に噛みつき、その一撃を中断させたのだ。
「黒い獣め! 邪魔だ!」
くろを振り払い、くろはアリーナの砂の上を転がされる。陽子の元に向かうには少し、しかし戦いという時間の流れでは長い時間がかかりそうだ。
「居場所を追われる時にそうやって、庇ってくれる奴もいなかった! どうしてお前はそんなに恵まれて、ボクはそうじゃないんだ! ああ、また棘が、大きく……!」
時折吐き出される怨嗟に陽子は戸惑いを隠せずにいた。
助けたいという考えがよぎるが、そんな余裕はなく、恐らく致命的な一撃を必死になって避け続けていた。
ハディンはとっさに棘をタクトの様にして音を紡ぐ。あちこちに音の地雷がばら撒かれ、陽子の逃げ場は徐々に狭まっていった。
「これで逃げられないぞ、さあ早くこの棘を受け入れてお前の本性を解き放つんだ!」
棘の一振りに対して陽子は後ずさる。その時、地雷を踏んでしまった。
パァンと激しい音の炸裂と共に打ち上げられる。
悲鳴を上げる観客。
「致命的なミスだな!」
自由落下する陽子を捉え、迫るハディン。もはやここまでか、そう思って目をつぶる。
「よく、耐えてくれました。マスター。この戦いを終わらせマショウ!」
しかし、陽子はアカリが立ち上がるまで耐えきったのだ。アカリはキャッチャーモジュールを構え、壁に串刺しにするかの如くハディンを捉えてブースターで加速した。
「ぐはぁ!? き、貴様……! 復活だなんて聞いてないぞ……!」
「今デス! マスターのありったけを!」
くろが衝撃を和らげてくれたおかげですぐに立ち上がることができた。
アカリの言葉を聞き、魔力を集中させる。そして、天に上る三日月と同じ、巨大な三日月の刃を生み出した。
「全力の……クレセントカッター!」
次話から9と6がつく日の不定期な投稿になります。