第50話 決戦前夜
陽子が目覚めたのは、闘技場の医務室だった。
エリクの戦いの後もそうだったが、大怪我が残ってないか、異常がないかなどを治療を受けながら確認されるのだ。
「私は確か……あれ、くろは?」
よかった。目が覚めたのねと陽子に声をかける女医。
ボタンの戦いの後、全員ここに運び込まれて治療を受けていたのだという。
仲間たちはすでにもう起き上がったあとで、陽子が最後だという。
「そっか……私も行かないと。ありがとうございます。」
ベッドから起き上がり、礼をして外に出ると、仲間たちが待っていた。
くろも、サンゼンと一緒だった。
「へへ……おかげで何とか勝てたな。ほら、くろ。」
そういって、じたばたしていたくろを解放すると陽子の体をするすると登って、肩に収まって頬擦りした。
「ふふっ…くろったら……くすぐったいよ」
「こいつも心配してたようでな、先にでた俺と一緒に出るとずっとじたばたしてたでやんの」
「それにしても不思議デス……ナゼそこまでマスターに懐いているのでしょうカ?」
「さあね……ペットって案外そんなものじゃないのかしら」
そんな感じで談笑してると、入れ替わりで新しい怪我人がやってくる。
その中には陽子が見知った者……タロもいた。
「げっ…結構手痛くやられたみたいだな……」
「うん……なんだか私心配だよ」
「少し回復するまで待ってみましょうか」
そしてしばらくして出てきた魔族の少年。彼は心なしか不機嫌なように見えた。
「なんだ?オイラをからかいに来たのか?」
「ちがう、そうじゃなくてね……すごい怪我してたから心配になって……」
それを聞いて小さくため息をついて、ピリッとした雰囲気が霧散する。
「そうか…オイラ、約束果たせなかったよ」
「約束って……決勝に勝ち上がってお互いに戦おうって……まさか!」
「ああ、やっちまった。マリーゴールドの奴にぎたんぎたんにされた。」
タロの仲間を待つ傍ら、話しを聞く陽子達。
最初はタロ達が押していて、実際に相手3人のダウンを取ったのだが、フードの男のダガーで軽く刺されたのがきっかけでチーム内で仲間割れが発生して、そこを各個撃破されたのだという。
「タロならそのダガーが何かわかるんじゃないの? どんな武器でも使いこなせるんでしょ?」
「そうだよ、だがあれは武器じゃない。道具ですらない。あれは……『棘』だ。だから、どんな効果があるかオイラにはわからない。でも、次の相手はヨーコ達なんだ。気を付けてくれよ。オイラの仇を取れとは言わない。勝ってくれ。人に不和を起こさせるような奴に、魔王の太鼓判なんて持たせちゃいけない。」
「……わかったよ。」
「これからどうするんだ?」
「オイラ? 親父との約束通り、故郷に帰って家業を継ぐよ……本当はなりたかったんだけどな。英雄に」
「約束…デスカ?」
約束とは、父親とこの大会で優勝したら旅に出ることを認めるというものだった。
子を案ずる親心らしいが子には親の気持ちがわからないのはままあることだ。
かける言葉が見つからず、しばし沈黙していたところにタロのチームメイトが声をかける。
「おーいタロー! 賞金受け取りに行こうよー!」
「決勝戦は明後日だ。故郷への馬車はもう今日でるから見れないけど……勝ってくれよ!」
陽子が微笑んで頷く。またあなたと会えそうな気がする、とも言って。
「そうだよ! オイラを導く星…いや、また縁があるだろうからね!」
そういって手を振るタロを見送って、自分達も館に戻るのであった。
***
館で休む一同。
明後日の決勝戦に万全の状態で挑むために、各々が思う方法で休みを取っていた。
陽子はベッドで微睡んでいた。サンゼンが言っていた通り戦いの間は常に気を張っていたため、疲れていたようですぐに眠りに着いた。
陽子は再び夢を見る。白い城が見える。今まで旅した中では見たことのない場所。
その街並みとは裏腹にしんと静かな街。あたりには赤い霧が立ち込めている。
(ここは…?)
あたりを見回す陽子。あちこち見まわしても人の気配がない。
そうこう考えているうちに、再び場面が切り替わる。
トーナメント前日、夢に見た女性が高いところからその城を見下ろしていた。
(また、あの人……泣いている)
女性は呪文を呟く。そうすると何かが空から城の上空めがけて落ちてゆき……
「きゃっ!!」
突然の衝撃で目覚めてしまった。どうやらベッドから落ちてしまったようだ。
「あ……もう夕食時なんだ……結構長く寝ていたんだね」
夕食はいつも通り、ランピィが運んできたものを皆で楽しみながら食べていた。
そのときに陽子は最近、奇妙な夢を見ると話題に出す。
「へえ、気になるわね。どういうのかしら?」
「女の人が泣いていて、何かを作っていたり、赤い霧の街に何かをしようとしてたり……」
「赤い霧の街……聞いたことねえな。他になんかあったか?」
「えっと……お城が……真っ白なお城。そう、アカリさんみたいに」
「ワタシ……デスか。……もしかして、それは古代王国、イーリスでは?」
「でもイーリスが赤い霧の街なんて話聞いたことないわ。すごい技術が進んでいてそれこそ『永遠王国』とまで言われた繁栄をしていた……と姉様から聞いたわ」
「でも、夢の中の街は人一人いなかったな……」
「ふうむ、イーリス。今は無き理想郷……イーリスは大崩壊にて滅んだと言われていますな。お客人が見た夢はその大崩壊が起こる寸前の出来事なのでは?」
そんなこんなで食事を終えた陽子達の皿を取りに来たランピィがそんなことを言った。
「それじゃあ、その女の人は…大崩壊を起こしたのかな……? でも、その人は何か作る時に救済をって言っていたよ……」
「なんだよ、それじゃあ死が救済みてえじゃねえか! なんか嫌だなそう言うの」
「……過ちを繰り返すものをこれ以上過ちを犯さないようにする。そう言う意味では死は救済になるかもしれない。他に何か思い出せることは?」
陽子は思い出す。夢の中で聞いたあの歌のひとかけらを。『終わりなき苦しみに天から来る星により救済を、呪詛に狂いし王に救済を』
「……呪詛に狂いし王?」
「なんだか不穏デスね……イーリスの王ハ、ヒトも魔も統べる覇王だったハズでは?」
「そんな人が呪詛に狂うって何があったのかな……?」
答えが出そうにない事を考える一同にメリーがランピィに声をかける。
「皆にケーキを出して。考え事は疲れる」
「はいはい、ただいま!」
そういって運ばれたケーキの前にそんな考え事は吹き飛んでしまったのであった。
***
決勝戦当日、十分に休んだ陽子達だった。
出発の準備をしながらそういえば、とあることについて言及する。
「そういえば『棘』って、どういうものなのかな? 不和を引き起こすっていってたけど……」
「精神毒とかそういうモノでしょうか? 心を蝕む毒……恐ろしいモノです」
「念のため、アロマを持っていくことにするわ。心が落ち着くようなものを」
「おっ、ヤバそうになったらそれ使えばいいわけだな」
「いえ、開幕使うわ。基本危ない時に使う、では間に合わないことが多いだろうから」
「それじゃあ、いこうか。絶対勝とうね!」
鏡を通ると、給仕の人とまた顔を合わせる。
「まあ! きょう決勝戦なんだってね! おばちゃんも応援しに行くからね!」
「ありがとう! 私たち、頑張るよ!」
宿をでるといつも以上の人混み。
決勝戦当日ということもあって、現地で身に来る人も多いのだ。
(あれ、今すれ違ったのってチームアイリスじゃね?)
(マジかお前、リーダーの子どんな感じだった)
(良い香りがした……)
(おいおい、真顔でいうなよ!)
すれ違う人たちの反応も少し変わったように感じる。
アリーナで近づくごとに増えていく記者たちをのらりくらりとかわしながら、アリーナの控室にたどり着くと、エリクが壁に寄りかかっていた。
「エリク! どうしてここに!」
「いたら困るか? お前たちの様子を見に来ただけだ。」
エリクと軽く話をしながら、しばらくの準備時間。
「エリクさん、相手チームの事について何か知ってることはある?」
「…フードの男がリーダーだ。あいつだけ能力が飛びぬけている。そいつさえ落とせばお前たちならどうとでもなるだろう。」
「そもそも、レクイエムってなにを企んでいたのかしら?」
エリクの知る限りによると、あらかじめレクイエムのチームに賭けて八百長試合でレクイエムの分派のチームが優勝させることで大金と魔王の太鼓判という両翼を手にしてこの国を牛耳る……という目論見だったらしい。
「気を付けろ。八百長ができなくなった今、フードの男は手を抜かないだろう。まだ見せてない切り札があるかもしれない。サンゼン、わかっているだろう?『ヒーラーが落ちればおしまい』だと」
「……ああ、わかっているさ! 皆で力を合わせて乗り越えようぜ!」
『試合の準備ができました。チームアイリスは赤門に向かってください。』
「相変わらず威勢がいいな、お前は。……絶対勝てよ」
「言われずとも勝ってやるさ! 見ておけ!」
「頑張るんだな」
陽子達は赤門を開くのであった。