第48話 盗まれたルビーは何処へ
「ヨーコ……遅いわね。そんなにたくさん写真を撮っているのかしら」
「なんか胸騒ぎがするんだよな……ちょっと様子を見に行こう」
扉を開けるとくろがそこでぴょんぴょんしていた。
頭に風音草をのせて。
「くろ! どうしてそれを……まさか!!」
撮影室の扉を開けると微かに異様なにおいが立ち込めていた。
ローゼスは知っていた。これは眠り毒が気化したときのにおいだ。
「皆、口をふさいでいて。アカリ、あそこに倒れている人を救助できるかしら」
「了解デス。……ですが、なぜこのタイミングで?」
魔族の男を部屋から引っ張り出すと何事かと闘技場のスタッフが集まってきた。
そのとき、撮影係の男は目覚めて叫んだ。
「皆、聞いて! チームアイリスのリーダーが、レクイエムにさらわれた!」
どよめく一同。
そのとき、見たことある魔族がこちらに駆けてくる。
「給仕の人よね……? いったいどうしたのそんな息を切らして」
「大変よ! あの子が攫われてるのを見ちゃったのよ! 宿側から数えて三本目の露店通りの路地裏の鉄の扉の中へ入っていくのを見たわ! 袋からあの子の顔が出ていたから間違いないわ!」
「ですが……チームアイリス、次の試合が迫ってますよ! 次の相手は……マスクド・ボタン」
「オレを呼んだか!」
「あっ、魔……じゃなくてマスクド・ボタン! どうしてここに!」
「相手チームの様子をちょーっと見てみようと思ったらこの騒ぎ。いったいどうしたんだ!」
一同は何が起こったか、何をするべきか、どうするべきかをマスクド・ボタンに話した。
「なら問題はない。この、最強無敵のマスクド・ボタンが、誘拐犯たちを蹴散らして救出! それから正々堂々とやりあおうではないか!」
「俺たちも行かせてくれ。あいつを一人にしたのは俺たちの責任だから」
「構わんぞ! ライバルとの共闘だ! 張り切らせてもらおう! 大会運営よ! 観客の不安をあおらないよう、どうにか時間を稼げ! 我々が必ず救出して見せる!」
「ローゼス・アカリ、二人はここで待っていてくれ」
「デスガ……」
「正直よ、今回の件にはかなり頭にキているんだ。お前たちを巻き込まずに戦える保証はない」
異様な圧を感じて引いてしまう二人。しかしそれでも納得がいかないのが一匹。くろだった。抗議をするように膨らんでいる。
「……くろ。お前も来い。あいつを助けたいだろう」
そういうと、『初めて』陽子以外の言葉が通じサンゼンの頭の上におさまる。
行くぞおと駆け出したマスクド・ボタンに続くサンゼンとくろ。
そしてもう一人、この騒ぎを見ていた男が一人。
剣を手に取り、駆け出す二人と一匹を静かに追った。
***
おばちゃんに教えられた場所にたどり着いた一同。
「くそっ、なんだこの錠前……魔力がこもっている…」
「その鍵はレクイエム配下でなければ開けられない。こじ開けることも不可能だ」
その言葉を聞いて振り返るとエリクが佇んでいた。
「おまえ、何を考えてここに……!?」
「お前たちと似たようなものだ。シャルロット・コルト・スティーリア。俺の娘も同じように攫われた。そして、奴らは言った『解放してほしくば、トーナメントに出場してレクイエムの所属するチームに負けろ。さもなくば娘のバラバラ死体が届くぞ』と」
「だが、実際は俺たちが勝ったことで、計画が狂ってヨーコを攫うなんて雑な事を始めたと」
「ああ。無理やりここに入ればバレるだろうな。だが……その黒いのの力を借りれば奴らに気づかれずに中に入れるかもしれない」
「そうか……扉ごと……! よし……黒よ、この扉を削っちまえ!」
くろが口を扉に向けて開くと扉は粒子と化して削り取られてしまった。
「おお! 凄いぞ! これがライバルの持つ力か! 戦うのが楽しみだ!」
「だが、まずは救出してからだ、熱情鉄拳サンゼン、いざ往かん!」
扉を削って開けたことは気づかれてないようだが、あわただしい足音があちらこちらで聞こえる。
一同は収容室があるとされている地下室へと向かった。
スポットライトで照らされる。レクイエムの分派が取り囲んでいたのだ。
「このマスクド・ボタンは、人攫いをするような悪の組織は、絶対に、許さなーい!」
大見得はって、敵陣へと飛び込むマスクド・ボタンに続くようにして出会いがしらに殲滅しながら地下を駆ける。
***
一方で陽子は檻の中で目覚めていた。
ここはどこだろうと不安になる。暗くてもその玉眼にとっては大した障害ではなかった。
見知らぬ部屋、そして魔法障壁、シェルターのような重厚な扉。
「あなたも目覚めたんですね、よかった……」
手かせ足かせをされた竜人の少女が陽子に声をかける。
「あなたは……?」
「私はシャルロットといいます。シャルロット・コルト・スティーリア。あなたは?」
「私はヨーコ。夢宮陽子。……こんな場所でだけど、よろしくねシャルさん」
そこで話を聞いて陽子は青くなった。
自分の父がトーナメントに出ていること、トーナメントでレクイエムのチームに負けて優勝させなければ、殺されることを。……そして、父の名がエリクであるということを。
自分のせいで、目の前の人の命を奪うことになったなんて……陽子は嘆いた。
「どうしたんですか? ヨーコさん……えっ、父を倒したんですか……? それってすごいことですよ!」
「でも、それだったらあなたは……」
「ううん、父上は決してこんなことでは諦めないから……大丈夫」
にわかに外が騒がしくなるのを感じた。
「うおおお~マスクド神拳、ただの手刀!」
吹き飛ぶ扉、そして次に現れたのはそれぞれの見知った顔。と、マスクをつけた大男。
「サンゼンさん!」
「父上!」
「魔法障壁だ。なあくろ、これぐらい朝飯前だよな? 削っちまいな!」
くろが口を開けると、魔法障壁が見る見るうちに飲み込まれていく。
二人を阻むものがなくなると即座に黒は飛び出して陽子の胸元に飛び込む。
「へへっ、やっぱ俺が持ってるよりヨーコの元にいた方が幸せそうだな。再会を喜ぶのは後だ。まずは、脱出だ!」
「まってください! おくにまだ子供たちが!」
「よーし、それならこのマスクド・ボタンに背負われたい子はだーれだ?」
ボタンだ、ボタンが助けに来たんだと大喜びの子供十数人を一人で背負い脱出を始める一同。
そんなボタンをかっこいいなと思いながら陽子もまたマスクド・ボタンを見ていたのだった。
……こうして、一時間という短い時間で、レクイエムの分派は壊滅したのであった。
***
「ああ、よかった……ヨーコ、おかえり……ぐすっ」
ぐずりながら抱きしめるローゼスの背を撫でながら、これからの事を聞く。
五分という短時間だが休憩の後に、マスクド・ボタンとの試合が予定通り行われる。
「相手が与えてくれた貴重な時間だ、しっかりと対策を練ろう」
「ええ……本当に……よかった……」
「で……対策なんだが、はっきりいって、思いつかない。あのマスクド・ボタン、レクイエムの建物で暴れていた時、本気の二割も出していなかったぞ。滅茶苦茶強い」
「ああそれならね、『実力を証明しながら観客を盛り上がらせれば』いいんだよ」
そういって通りすがったタロに教えてもらう。
「マスクド・ボタンは試合に勝つことよりも観客を、大会を楽しませることを重視する。つまり君たちが勝った方が面白い試合になると確信したとき、マスクド・ボタンは負けを認めるんだ」
「そうそう、悔しいけどヨーコ。君のブロマイド、飛ぶように売れているんだってさ。それこそ、エリクやあのマスクド・ボタンよりも」
「そうすると……ヨーコ。あなたがカギになるわ。パフォーマンス内容は……」
と言い切る前に、試合準備のための呼びかけが行われる。
(ど、どうしよう……何すればいいかわからないよ……!)
そんな焦りの中、アリーナへの赤門は開かれたのであった。