第42話 魔王城下町セレネギア
次に陽子達が目にしたのはきれいに整えられた部屋だった。
この部屋でお客さん見るの初めてだわと、偶然鉢合わせた給仕らしき魔族が驚いた声を上げる。
部屋を借りたままずっと放置していたのだ。なにか言われるのだろうかと思って頭を下げる。
「ええ、ええ。気にせんでええ。夢魔なんてそんなもんよ。よく遊びよく寝るでしょ?」
陽子は首をかしげる。夢魔?この人は何を言っているのだろうかと。
「にしても、おっきなお山ね! 夢魔でもそんなお山、おばちゃん初めて見たわ!」
あっはっはと笑いながら胸をつっつかれ、陽子はかぁっと顔を真っ赤にする。
大きいのは自覚していた。実感することも多かった。しかし、こうやって面と向かって言ってくる人、しかも初対面ではほとんどいなかったのだ。
多かれ少なかれ皆、陽子に気を遣っていたから。
(ア、アイツ……皆が思っても言わなかったことを……堂々と……!)
サンゼンとローゼスがどうすると目配せをしている間にアカリがマスターは人間ですよと給仕に伝える。
「それで……って、あんれま! おばちゃん勘違い…ごめんね~飴ちゃんとこれあげるから許してね?」
ごそごそとポケットから飴玉と観光ガイドを取り出して困惑する陽子に手渡す。
にしても悪い時に観光に来たねえと、少し悲しそうな表情を見せる。
「悪い時? どういうことかしら?」
「ああ、あんたたちは知らないでしょうね。ここ最近誘拐事件が起きているのよ。おめでたい大会の日直前だというのにねえ……あんたたちも気を付けなよ。特にあんた。若い頃のおばちゃんに負けず劣らず可愛いんだから」
そういって、再び陽子を指さして注意を促す。
「あのっ、あの……ありがとう、ございます。それに飴と地図も……」
陽子のその姿を見て再び、優しく頷いて。また掃除しておくからまた帰ってくるとええと言って一同を見送った。
魔族の街は夕暮れ時で微かな賑わいを感じた。それ人の街の朝の賑わいを彷彿とさせた。
すうと深呼吸。陽子は夜に感じる微かな心地よさを感じた。
「なんだろう……人の街と空気が全然違う……なんだか……心地よい?」
「うう、そう…? こっちは逆に落ち着かないんだけど」
「魔力計にヨルと、闇の魔力が人の街よりかなり濃いようデス。夕暮れなのに、人の街の深夜に相当シマス」
「あーなるほどな。草木も眠るような夜に近いのに起きているからローゼスは落ち着かないわけだ! いつも早寝早起きだもんな!」
ちょっと!からかわないでと、むすっとするローゼスをなだめながら陽子はもらった観光ガイドを読む。
ここは中央の魔王城を中心とした円状に広がる城下町。そして商人ギルドが治める露店通りがあること。庶民の娯楽にもなっている闘技場があること。数年に一度行われる闘技大会があり今がその年である事。
そんな感じで簡素ながら、街の事を知ることができた。
「じゃあ露店通りに行ってみようぜ! なんか面白いものがあるかもしれねえし! ローゼスもぼーっとしてないで行くぞ!」
そういってサンゼンとアカリは先に露店通りへと向かってしまった。
「あ…ヨーコ。念のためにこれを渡しておく」
「これは……風音草の花?」
「もし、はぐれた時にと思ってね。誘拐事件のこともあるし……ほら、これの音って変わってるでしょ? だからすぐわかるんじゃないかって。それに……」
少し間をおいて、ローゼスは照れくさそうに、花言葉はあなたから離れたくないだからと答える。
じゃあ、行こうかと手を引かれながらサンゼンとアカリを追いかけるが、ローゼスを握る手にちょっぴり熱がこもってしまう陽子であった。
***
露店通りは魔族でにぎわっていた。
見たこともないような食べ物が並び、人向けの大きさではない様々な道具や武具、そして古代遺物と称してよくわからないものも売っていた。
「いやあ、思ったより人を見てピリピリするような奴もいなくてよかった。通貨もヒトと同じもん使えるし、面白いものが大量に売ってるしでな!」
サンゼンと合流したのは露天の喫茶店だった。彼の飲んでいる茶は紅茶などとは違い、なんと葉っぱそのものがコップの中に浮いている。
「ヌポ茶だってさ! ほら二人も飲めよ! じわっと来るぞ! おっちゃん、ヌポ茶二つくれ!」
「んぬ。ヒトと……サキュバス? まあ座れ。淹れるから」
陽子はもう似たような勘違いを訂正する気にもなれず小さくため息をついて座る。
淹れてもらったヌポ茶を飲むと、体の奥から温まるようなそんな気がした。
温まるのを感じて、そう言えばサンゼンの体のどこに食べ物が入っているんだろうとふと気になってみていたら、店員が声をかけてきた。
「ヒト二人にゴーレム。変わった友人だぬ。闘技大会近いから、現地で見に来たのか?」
「私たち、大会に参加しにきたの……そんなにおかしい?」
「いや……別に。頑張れ。応援するからな……店長と仲間さんには内緒だぬ」
そういってこっそりともう一杯ヌポ茶を淹れてくれた。
小さく頭を下げると、さらに一つ忠告してくれた。
「あまり大きな声でいえぬが……『今のレクイエムには気を付けろ』女の子なら尚更な」
そういって、カウンターへと戻る店員の背を見送っていると、ローゼスにどうしたのと聞かれる。
忠告されたことを皆に知らせる。レクイエム……鎮魂歌の事だろうか?と悩んでガイドを見るが載っていない。
「今の……今のってことは昔のレクイエムがあるのか……それっぽいのは虹同盟か…?」
「何?虹同盟って」
「昔のセレネギアの裏組織だよ。つっても、セーフティーネット構築したりしてなんだかんだ街に貢献はしてたらしいんだけどよ。でもそれが今はレクイエムか…五十年も経てば変わるだろうな。で、それに気を付けろ……か」
しばらく考えた後、サンゼンは陽子に嫌かもしれないがと前置きして、こんなことを言った。
「ヨーコ。魔族領にいる間……少なくとも誘拐事件が解決するまではサキュバスだということにしておいてくれ。ヒトの玉眼なんてそれこそ誘拐する側からしたら金銀財宝の載った宝船みたいなもんだからな…申し訳ないが、頼む」
「……うう。サンゼンさんまで……私、自分から言うのはちょっと……」
「人であることを黙っていればイイノデハ? マスターは、元より闇の属性の適正を持ちますし少なくとも二人、マスターをサキュバスだと誤認していマス。どこまで通じるかワカリマセンが……」
「……これに関しては仕方がないわね。一般的には人の魔物食いと同じく人食いこそ忌避されるらしいけど、そういった嗜好がある狂った奴がどれだけいるかもわからないしね…」
「……うん、わかった。皆にも迷惑かけたくないし人だってことは黙るようにしておくよ」
「わりいな……嫌かもしれねえが、危険な目には遭わせたくないんだ」
その言葉に首を振って、大丈夫とフォローを入れる。
「……じゃあ、行こうぜ。金は払ってあるからもう出ても大丈夫だ」
そう言って、立ち上がり店から出ようとする一同だったが、
ぬ。と聞こえた気がして店員の方に振り返る。
すると、彼が手を振って見送ってくれていた。
頭を下げて、感謝して仲間と共に露店通りの人だかりに紛れるように歩き始めた。