第40話 物語に駆られて
「……で、膝枕をしてもらっていたと。ちょっと……怪しいわね」
じとっとした目でサンゼンを見るローゼスの視線の先には頭を抱えているサンゼンがいた。
そうだ、膝枕したままお互い眠ってしまって次の日になって、ローゼスに目撃されたというわけだ。
「だから、あの後寝ちまって……それ以外何もしてないって何度もいったろ……」
まあまあローゼスさん私がいいっていったんだからと、陽子がなだめられたが、ローゼスは陽子も陽子よと食って掛かる。
「旅の仲間とはいえ、そうやすやすと気を許しちゃだめよ!」
まったくもう、とローゼスはため息を吐く。陽子はお人よしだ。それ故に悪い男に騙されそうだとローゼスは心配で心配でたまらないのだ。サンゼンがそう言った男じゃないというのは知っている。今回も二人が言った以上の事はやってないだろう。
だが、こういうことをきっかけに他の人のいろんなお願いを安請け合いするようになったら、陽子のためにもよくないと考えていた。
「でも……まあ、あのあと解散してから二人の事が心配だったから……その……」
「よかった、といいたいのですネ?」
「そうそう……よかった…ってアカリ! 私の言おうとすること、とらないで!」
そんなやり取りがあって少し和やかになったところに、ランピィが朝食の準備ができたことを伝えに来る。
ランピィを見て、かすかに空気がぴりついた。
「……朝食の後、時間はよろしいですかな?」
シンプルにそう告げるランピィだったが、仮面越しにはその表情も、考えていることも読めなかった。
それ故、それぞれの思惑を抱きながらすこしぴりついたまま、朝食を終えた。そしてその後、中庭で机を囲んで座る一同に、ランピィがやってくる。
彼が告げたのは意外な言葉だった。
「昨日の提案を見直した結果……あまり適してないのではと思いましてな。このような本を持ってきたのですぞ」
二十四英雄物語という、一般的にも流通している本だった。それこそ、ここにいる皆が知っているぐらいには。
「ほほほ、私がこの本を持ってきたのには意外な顔をしていますな。彼らは結束の力によって混沌王を打ち倒したとされていますぞ」
「……私たちにその結束の力を手に入れろということ?」
「簡単に言えばそうですな。正直その芽はすでに生まれていると思っていますぞ」
「……と、言いマスと?」
「同じ志を持って共に歩んでいるのですからな。結束の力というのはお互いを信じあうということですぞ」
それを聞いて、なんだかとても素敵だねと笑顔を見せる陽子に、ランピィは頷く。
「ですが、この物語にもあるように鬼のような特訓というのは必要ということですぞ! 同じ試練を乗り越えるというのはとても結束を高めるのに大事なことですからな!」
そう言って、あるページを開いて見せる。
鬼軍曹にしごかれる英雄たちの姿が書かれていた。
子供も読めるように強い罵倒こそなかったものの、作者の技量によってその軍曹はとても怖く書かれていた。
訓練を受けている英雄たちの中には陽子と同じ年ごろでもおかしくないような少女もいた。
それを見て、しばらく考え込んだ後、陽子は顔を上げる。
「私、やるよ」
それを見て、嬉しそうに声を上げるランピィ。
お客人がやる気なようですぞ。一人にやらせる気ですかなとサンゼン達を焚きつける。
「へへ、ヨーコがそういうなら俺だってやろうじゃねえか! 経験者がいたほうがやりやすくなるだろう!」
「ええ、いつかルインメーカーとの決戦の日もくる。それに備えるに越したことはないわね」
「私ニ似た、ゴーレムの方もいるようデスね。ワタシもマスターのように頑張ってみようと思いマス」
ランピィの焚き付けがあったとはいえ、皆の意志は一つとなった。
「ほほほ、それならこのランピィ、尽力いたしまずぞ!」
それからというもの、陽子達はランピィの提示する様々な方法で鍛錬に取り組むことになった。
その中には、軍隊式のパーティーにまつわるものもあった。しかし、サンゼンの提案とランピィの発想によって遊び心あふれるものになっていて、さして心労は溜まらなかった。
「水がなくならないようにつぎ足す……最初は難しかったけど……なれるとちょっと楽しいかも」
陽子がしていたのは昨日サンゼンが話をしていたヒーラーの話から着想を得た、穴の開いた器に水が底を尽きないように水を注ぎ続ける練習だった。こういった練習で実戦での回復や支援を絶やさないイメージを掴んでいった。ローゼスとサンゼンやアカリもそれぞれ、アタッカーやタンクの訓練を行っていた。
ある時は、ランピィの先導で体力を作るために皆で走り込みしたりもした。メリーは少し嫌な顔をしていたが、走り込みが終わるたびにランピィが頭を下げていた。
「ランピィ……昼に走り込みされると、うるさくて眠れないんだけど」
「申し訳ありませんメリー殿。このケーキでご勘弁を……」
「ん……まあ、終わったならいいわ。おやすみなさい。ケーキは夕食後に食べる」
またある時は、ランピィが装備の点検をしてくれた。
ランピィは手先が器用らしく、武器の歪みや衣装のほつれなどを直してくれた。
「ふむ……アカリ殿。採寸をさせていただきますが、よいですかな?」
「ハイ、何に使うのデスカ?」
「アカリ様の新しいパーツをと思ったのですぞ。点検していたところ、私めにも作成可能なようでしたので」
夜は皆で、話をしながらランピィが貸し出した英雄物語を読みまわしたりもした。
一種の懐かしさを感じながら、皆で読む冒険活劇はワクワクするものがあった。
「第三章になってようやくみんな揃ったね。混沌王の遣いと新しい魔王との戦い……どういうものになるのかな」
「今まで敵対してきたやつと手を組むって熱いよな!」
「そうだ、サンゼンの昔の話もう一度聞かせてよ。あなたに好きな人がいたなんて意外だわ」
「よせやい、恥ずかしい……しょうがねえな」
鍛錬から五日が経った。鍛錬の成果は上々で、そろそろ実戦を交え、自分達に成長を実感させる時かとランピィは思案していた。それにしてもまさか気まぐれで貸し出した本が交流を深めるきっかけとなるとは思わなかった。かつて陽子の試練として立ちはだかったように、再び自分が立ちはだかるべきかと考えながら、二十四英雄物語の一冊を手に取って読んでいた。
掃除の最中であったが、ついつい本を読み進めてしまっていた。
そしてあるページの挿絵に視線を移す。四人の英雄が混沌王の遣いと戦っていた。戦いの場面の挿絵はいくつもあったが、それが特に目を引いたのは、その混沌王の遣いがメリーにとてもとてもよく似ていたのだ。
(これは……使えるかもしれない。問題は主殿ですな。この提案に乗ってくれるか……)
ケーキを伴って、ランピィはメリーの部屋にやってきた。ややむすっとしているメリーにこう告げられた。
「…ランピィ、あの子たちに強くなってもらうためとはいえ、毎日の様に館の周りを走り回られるのは気分があまりよくないのだけれど」
「これは申し訳ありません、メリー殿。そんな貴女様のために話を持ってきましたぞ。あと、今日の分のケーキですぞ」
話だけは聞くわと、早速ケーキに顔をほころばせながら答える。
(しかし、どう切り出したものか……ふむ、走り込みに大層怒っている様子。ならば……)
「ちょっと劇的な方法で、お客人達に……『仕返し』してみませんか?」
***
それからの数日はランピィが実戦形式で陽子達に連携を叩き込んでいった。
「サンゼン殿。相手の気を読み取って、行動を読むんですぞ。何をするかわかりますかな?」
「おうよ! 皆! 離れろ!」
陽子達が散会するとともに爆炎がランピィを中心に巻き起こる。
上手いこと、大技を避けることができたようだ。
「黒よ、傷を削れっ! みんなまだ頑張れるよ!」
「ありがとう、ヨーコ。 アカリも大丈夫かしら?」
「ハイ、大丈夫デス」
そしてもう一つ、ランピィがやることがあった。それは陽子達が寝静まった夜、メリーの部屋で行われる。
そこでは、普段とは趣が真逆の漆黒の衣装を身に纏ったメリーが、台本のセリフを読んでいた。
「……正直、もう降りたい」
「まあまあ、そんなこと言わずに。次はここですぞ。『ふふ、魔王に刃向かおうなんて、愚かねぇ……』」
「わかった、わかった。私の声を真似して読まないで。ふふ、魔王に刃向かおうなんて、愚かね」
「まだ演技に力が入ってません! 入ってませんぞー!」
ランピィが考えたのは、英雄物語の一場面の再現をすることだった。その為に、メリーを物語の中の敵役『黒翼のアルヴァラ』へと生まれ変わらせようとしていたのだった。
なんと、ランピィはわざわざこのために羽状の投げナイフや彼女の持っていた剣、彼女の持っていた魔法に似せて作られた魔法書など、実戦に耐えうる強度の小道具まで作っていたので、メリーの指導にも熱が入ろうというものだ。
始めはうまくいかなかったが、次第にメリーの演技にも熱が入り、目安とした五日で完全に『黒翼のアルヴァラ』へと生まれ変わっていた。
そして、最初の鍛錬から十日が立った日の夜。
夕食の後、ランピィに中庭を通って食堂の向かいにある図書室に来てほしいと言われた。
少々疑問に思いながら中庭に向かった陽子達が目にしたのは、様変わりした中庭。夜空の替わりに古びた天井のあちこちに蜘蛛の巣が張っていた。
「なんだこれ!? 俺もこんなの初めて見るぞ!」
「なんだか…古いお城みたいなところだね……」
皆があたりを見回しているところに、奥から誰かの足跡がするのを察知してアカリが高台を指さす。
「誰カ来マス!」
「うふ、うふふふふふ……」
現れたローブ姿の人物は、ローブを翻し姿をあらわにする。
「ようこそ、私の領域へ」
皆驚いた。物語の中の存在が、混沌王の遣いの一人が姿を見せたのだから。
「この……黒翼のアルヴァラがあなた達の相手をしてあげるわ」
流れる銀髪、こちらを射抜くような赤い目。始めはメリーかと思ったが、喋り方、背に生える黒い翼、そして何よりもこちらを嘲るような笑顔がその認識を狂わせる。
「……あらあらぁ、どうしたの? まるで私が、御伽噺の存在かの様な顔をして……」
黒翼のアルヴァラ。幾度となく英雄たちに立ちはだかった黒き天使。
その天使がこの中庭で立ちふさがったのだ。
誰も予想してなかった事態にしばし沈黙が訪れる。そこに切り出したのはサンゼンだった。
「おめぇ! 新しい魔王の手下だな!」
「ふふ、魔王に刃向かおうなんて、愚かねぇ……みんなまとめて、たっぷり苦しませてあげる」
「……モシカシテ、ランピィが私たちのためにゴーレムを用意したのでしょうか? ワタシの体を測ったりシテましたので」
「……ってことは、ゴーレムだったり?」
「ふん、私をそんな土人形といっしょにしないで頂戴」
「私は誇り高き天使! あなたみたいな土人形、バラバラにしてあげる!」
彼女から何かを感じ取ったサンゼンが叫ぶ。
「アカリ! 盾を構えろ!」
サンゼンの言葉でアカリは盾を構え、その直後に大量の羽を受け止める。
その重さににアカリは驚いた。
「気を付けてクダサイ! 相手はどうやら本気のヨウデス!」
その言葉と共に全員が構える。
『四人の英雄』と『黒翼の天使』の決戦が始まった。
二十四英雄物語
タイトルの通り24人の英雄が活躍する、子供から大人まで愛されている名作。
夢見が丘に似た町出身の勇者と幼馴染が、時空を超えて仲間を集める1章と勇者たちと魔王との戦いを描く2章と裏で糸を引いていた混沌王との決戦を描かれた3章の構成。
かなり昔からの物語で、一節では大崩壊より前からあったものではないかとされている。
黒翼のアルヴァラ
二十四英雄物語の3章で出てくる13人の混沌王の遣いのうちの一人で紅一点。
第二の魔王と共に繰り返し立ちはだかり、英雄たちを苦しめた。
メリーによく似ている。本当によく似ている。
黒い翼の天使で、臭いのキツイチーズが好物。