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黒の聖女の冒険譚~思い出をアルバムに収めて~  作者: ぬけ助
第5章 沈む心と天翔ける船
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第37話 月と太陽の銀時計

 清々しい朝が訪れて、支度をして部屋を出た陽子はメリーと鉢合わせる。

 今日、ゆっくり遊んで来たらいい。いってらっしゃいと声を掛けられて陽子は笑顔で頷く。

 中庭に向かえば、ローゼス達がまっていた。

 おはようと声を掛け合って、これからどうしようかと皆で笑って話し合いながら、シルファの喫茶店に繋がる鏡に触れるのをメリーは見送った。


「私にはやるべきことがある。ランピィ、あれを」


「こちらに、メリー殿」


 ありがとうと言って、陽子達には立ち入り禁止にしているメリーの私室の扉を開ける。

 懐中時計を握って、メリーは席に着いて修理を始める。ランピィはその横で見守っていた。


「ランピィ……二人きりの時は、メリーと呼ばないで欲しい」


「やれやれ、主殿はわがままですな。やはり、この時計の事を諦めきれないのですな?」


「……ええ、不思議ね。もう人間なんてと思ってとうの昔に見放して心も凍てついたはずなのに、あの子の事を思うとどうしても心の奥底が揺れ動く」


 大分、丸くなられましたなとランピィは紅茶とケーキをどこからか取り出して、テーブルに置く。


「ありがとう。ランピィ……はあ、なかなか上手くいかない」


 時計を弄るメリーは、アンニュイな気分がこみ上げてきてため息をつく。

 そんなメリーを見て、憂鬱になってため息をつく貴女も魅力的ですよとランピィは告げる。


「……からかってるの? ランピィ。……出会った時からそうだった。私の一挙一動を褒めてくれた」


「仕事だから言っているわけではありませんよ。私は本当にそう思ったから言っただけです」


「相変わらず、底が知れない」


 少し呆れたようにしながら、割れたガラスを新しいものに変えて、欠けた金細工を埋めたりして修理を進めていく。

しばらくそのようなことの繰り返しの末、できたと小さく息をつく。

紅茶とケーキを口にしてしばらく休憩したのちに、金と銀の輝きをたたえる時計を手にして改めて螺子を巻く。


「とりあえず、これで動くはず……」


「お疲れ様でした。わたくしめの魔法は使わないという約束でしたからな」


「そう。これは壊した私の手で直さないといけない、そんな気がしたから」


 メリーはそう言って再び時を刻み始めた時計の音を聞きながら、遠い目で物思いにふける。


「……あの日の事を悔いているのですか?」


「違うといえば嘘になる。……あなたに現れたのもその次の日だった。今度こそ教えてランピィ。あなたは何者?」


 教えて欲しければ、お客人に主殿のありのままを見せてからですなと、笑って立ち去るランピィを見て、メリーは再びため息をついた。


「全く。本当の事なんてそう簡単に言えるものじゃないってわかっているはずなのに。お互いに……」


 過去の事を考えてまた憂鬱な気分になって、ベッドで横になる。

 そうやってぼんやりと時の流れに身を任せるだろう。


***


 夢の中でメリーは目覚めた。

 暗い部屋の中のその鏡は決まって過去の事を映していたのだった。


(また、この夢……たとえ手を伸ばしても、鏡には決して届かない)


 彼女がこういった夢を見るのは始めてではなく、何度かこういった夢を見ることがあったのだ。

 その鏡にはメリーに似た、カラスを肩に止めて涙を流し続ける女性が映っていた。


(あの時の私は……世界を見放した)


 鏡に映る場面は切り替わり、女性は扉の前で縋るようにしていた。


(そう……あの開かずの扉に縋って、私は……)


「メリー殿! メリー殿!」


 ランピィの声で暗い部屋という夢の牢獄にヒビが入り始める


「そう……今日はここでおしまいなのね。ランピィ、今行く」


 その言葉と共に氷解するかのように部屋が崩れて目覚める。

 メリーが目覚めたのは夜に陽子達が帰ってきて、館に活気が戻ってからだった。

 時計を手に取り、部屋を出る。


「お帰り。これをあなたに返す。もう託すようなことをしないこと。これは他でもないあなたが持っていて」


 手渡されて、目をキラキラとさせて、まじまじと時計を見る陽子にそれを興味深く見る仲間達。

 陽子はわかったよと、頷いて胸にうずめるようにいて時計を抱く。

 そんなやり取りの間も時計を見ていた、ローゼスが修理されていることに目ざとく気が付いた。


「へえ……これ、直したの? 私たちが出かけている間に貴方達も何かしていたのね」


「ええ。……この際、この時計の事は教えておく。これは『月と太陽の銀時計』、この時計の刻む時はこの世界の時の巡りと等しい。太陽も月も……あなたの胸に輝いていることを忘れないで。食堂で会いましょう」


 そういって、立ち去るメリーにありがとうと、無垢な笑顔を見せて見送る陽子。

 そして、似合ってんじゃねえかと笑って言うサンゼンに、少し思うことがあるようでローゼスは腕を組む。


「……どうした? ローゼス。なんか気が乗らないみたいな表情してるな」


「魔族領に近いうちに行くんだし、気を引き締めておかないとだめなんじゃないかなと思ったのよ」


「ああ、いわれればそうだな。よし、飯の後で皆で集まって話をするか。場所は……ここでいいか」


「了解デス。トリアエズ、夕飯の時間デスし向かいまショウ」


 陽子達は食事しながら、今日は何をしていたかをメリー達に話していた。


「そう。学術都市で遊んできたわけね。良く撮れている」


 陽子の撮った写真を見ながら、メリーは話に耳を傾ける。

 食事や買い物の光景、風の谷での景色。そして、仲間との語らい。その全てが生き生きとしていた。

 いつか一緒に遊びたいという陽子に、考えておくと返事を返しながら続けて写真を見ていた。

 そうは言ったもののメリーは、その時が来るのは当分先だろうと思っていた。しかし、陽子の笑顔を曇らせるようなことを言うことはできなかった。


「うん……約束だよっ」


「それで、買い物を済ませた後はウィンドエルフ達のところに行って、この生木の弓を受け取ってきたの」


「生木……生きた木だっていうからどんなのかと思ったら案外普通の弓でびっくりしたぜ!」


 なるほどこれは興味深いとランピィは生き木の弓を手に取ってまじまじと見ていた。

 生きたままの木の皮に葉や花が咲いている。確かに、生命の息吹を感じさせる一張りとなっていた。


「ええ、思わぬ収穫になったわ。ヨーコがあの時許したのが活きてきたのね……ありがとう、ヨーコ」


 その言葉に陽子はえへへと照れくさそうに笑って、残り僅かとなった紅茶を飲み干す。それに続くように一同は食事を終える。


「次は片付けですな。わたくしめにお任せですぞ」


 片付けを始めるランピィをよそに、陽子達は中庭に戻るのだった。



 一同は中庭で椅子に座って、これからの事について話を始めた。


「とりあえず、戻ってきたが何から話をすべきか……気を引き締めるつったってなあ」


「魔族領ね……姉様に聞いたけど、少なくとも人の言葉と同じものが使われているって話よ」


 そんな話を聞いて陽子は驚く。

 こうやって魔族の人とも話ができるのかな?と首をかしげる。

 サンゼンはそれを聞いて何とも言えない表情をする。


「どうだろうな……終焉の星戦争からだいぶ経つが、人と魔族の関係はまだ友好とはいいづらいらしいからな」


「そう言えば、終焉の星ってどういった物なのかな?」


「詳しくは知らないんだが、文明一つを消し去れるほどの破壊力を秘めた超兵器らしい」


 その言葉に陽子は息を呑む。

そんな恐ろしいものが存在したなんて。もしそれを持った人に出会ったらどうしようと不安になってしまう。


「大丈夫デス、マスター。相手が終焉の星だろうと、お守りします」


「ありがとう……アカリさん」


「でも、結局見つからなかったからなあ。なんか不安にさせるようなこと言って悪かった」


 その間もローゼスが何か考え事をしていて、口を開く。


「闘技大会に四人で出るから、確実に勝てるように皆で練習したいと思うの」


「おっ、いいこと言ったな! とりあえずいつまで時間があるかはわからないが、とりあえず四人そろって練習っていうのはやりたいと思ってたところなんだよ!」


 どれぐらい時間が残っているか、聞いてきましょうかと、立ち上がるローゼスを丁度通りがかったランピィがその必要はないですぞと制止する。


「何やら話し込んでいるようですな。話を聞きましょうか?」


 一同はいきさつを話する。

その言葉にランピィは頷いて、それならば2週間ほど時間に余裕がありますぞと答える。

それに、安堵したかのような、焦りを含んだかのような複雑な表情を見せる一同。

すぐに出なければいけないわけではないものの、猶予はそれほど残されていないという事実を突きつけられたからだ。

なにせ、異邦の地で戦い抜かないとならない。どのような相手と当たるかも全くわからないのだ。


「ふむ……それならば、私も稽古に協力しましょう」


「本当? ありがとう、ランピィさん!」


「ほほほ……ちょっと気合入れさせてただきますぞ。ですが、超えた暁にはきっと成長しているでしょうな」


 こうして陽子達は、ランピィの指導の下残りの2週間で闘技大会に向けた修行を始めることになった。

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