第35話 夕日に照らされて
酒場にたどり着くとざわめいていた。歓声や野次も聞こえてくる。
嫌な予感がして騒ぎの中心に向かうと……
「俺よりつええのはいねえのかあ!」
心配が的中して飲んだくれて酔っぱらっているサンゼンがいた。
観客によるとどうやら力に物を言わせて腕相撲で冒険者たちをばったばったとなぎ倒し、これで百連勝だという。
あちゃーと頭を抱えるローゼスに、どうすると目くばせをする陽子。
するとアカリが前に出て後ろから縄で縛る。 酔っているからか気配に気づくのが遅れてあっさり拘束される。
「酒を飲んでモ呑まれるナと言いマス。この人に水ヲ与えてクダサイ」
そういって桶いっぱいの水をばしゃあと浴びせられる。
「……ハッ!? ってなんで縛られているんだ俺!?」
「あなた酔っぱらっていたのよ。大事になるまえに私たちが来てよかったわね」
「悪かったな……。とりあえず、ひもを解いてくれないか? 流石に俺も疲れたし、そろそろずらかりたいと思ったところなんだ」
拘束が解けたら、一袋の賞金を掴んで、埃を払って立ち上がる。
また会おうなと手を上げて別れを告げると、わあっと歓声が上がる。ちょっとしたヒーローになった気分だなと笑うサンゼンと共に、酒場を去った。
「せっかくだ、この一袋の金貨で何か奢ろうか?」
「そういえば、サンゼンに話をあったのよ。買い物を終えたら、私たちで海水浴に行こうって話になったの」
「おうそうか。そういや、そんな時期だったな。とりあえず買い物が終わったら、俺が一度館に戻って荷物を置いてこようか?」
「それは有難いわね。それならば私が海水浴のスポットを探しておくわ。二人はどうする?」
「ワタシも荷物を運びましょう。人手は多いほうがヨイので」
「わかった。買い物の続きね。次は錬金術店で薬品類を買っておきたいわね。魔族領に行くのに備えてね」
「おうとも、嬢ちゃんも何か買いたいものがあったら言うんだぞ?」
「あ、あのっ……私も一緒に荷物持ちます!」
意外な提案に驚くサンゼンとローゼスだったが、承諾する。
実はあのエミー達が作る装飾品というのが、気になっていた。
負担をかけることなのはわかっていたが、勇気を出して頼んでみようと思ったのだ。
***
これからの魔族領での旅に備えて順調に買い物をしていく陽子達。
一通り買い終えて、荷物を3人で手分けして運ぶ。ガラード彫金店に戻ってきて、陽子が足を止める。
ショウケースには装飾品が並べられており、金の指輪の中心に自分の目のようなルビーの輝き。その指輪に陽子は惹かれた。
「どうした嬢ちゃん、足を止めて……って、やっぱこういう宝飾品は高いな……」
どう切り出そうか悩んで陽子は黙りこくる。
ようやく勇気が湧いて、これが欲しいとお願いしてみる。
「嬢ちゃんもやっぱ、女の子だからなあ、こういうの好きだよなあ……よし! どうせ酒に消える金なら、嬢ちゃんの笑顔のためにこのサンゼン、身を切ってやろうじゃねえか! おーい、眼鏡の姉ちゃんいるんだろう? この指輪を買いたいんだが!」
「そんなに大声出さなくても聞こえますよ! えっ、これを……ですか? 本当にいいんですか?」
「ん? なにかおかしなことを言ったか?」
実はと言葉を続けるエミーによると、この指輪はエミーがこの彫金店を始めるにあたって初めて作った指輪なのだという。
そのお金ならもっと素敵なものも買えますし、宝石も小さいですし……とちょっと自虐気味になって俯くエミーに陽子はでも、そんな指輪に惹かれたの。と言葉を返す。
「……失礼しました。なんだか最初の情熱に燃えていたころを思い出しますね。あはは……」
エミーがケースから取り出して、サンゼンに手渡す。間近で見ると確かに粗は目立つ。しかし情熱という名の思いが刻まれているのが確かに感じられた。
「おお、嬢ちゃんの言う通り、燃えるような情熱をこの指輪に感じるぞ……これをくれ」
「はい! この袋の中の金貨は……はい! ちょっとあまりましたのでお返ししますね!」
「ほい、嬢ちゃん。 他のイケている奴ならもっとかっこよく渡すんだろうが、俺には似合わないからな。」
ありがとうサンゼンさん、エミーさん!と、満開の笑顔を見せる陽子を微笑ましく見ている二人。
指輪を付けてみるとキラリといつの間にか傾きつつあった日の光を浴びて瞬いた。
「おう、似合ってるよ。 それじゃあ、ローゼス待たせるのもなんだし急いで荷物置いてこようぜ。」
「ア、それならば話し込んでいる間にやっておきマシタ。すぐにローゼス様のところに行けますヨ」
ありがとうなアカリ、とサムズアップをしてアカリと共に店を出る。
それに続いて、ありがとうねエミーさんと振り返って手を振って陽子も店を出た。
***
陽子は悩んでいた。
買ったは良かったが、着ることをあの時は想定していなかったのだ。
(うう……でも、着るしか……)
服を脱ぎ、簡素な着替えスペースで着替えていく陽子。
気配を削っているので、幸いにも誰にも気取られずに着替えることができた。
それでもやはり恥ずかしくて、ぎこちなく歩いて着替えとくろを待機スペースという名の麻布の傍で立っているアカリの傍に置いて、ゆっくりと海へと足を踏み入れる。
そろそろくろの力の効果が切れるだろうかと思ったその時、ローゼスが呼びかける声がする。
「ヨーコ! あなたも着替えてって……わっ、あなたがそう言ったのを選ぶなんて……ちょっと……意外、かな」
違うの、違うの!と涙目ながらに無実を主張する陽子。
これしか体に合う水着がなかったのと弁明も添える。
「そうだろうと思ったわ。 ドカーンキュッボンだもんね……正直女として羨ましい限りだわ……」
そういって自分の体と見比べるローゼスの方はというと、陽子よりも背が高く、すらりと伸びた手足に程よい肉付き、夕焼けに照らされるその姿を一言で表すならばまさに華麗であった。
「私だってローゼスさんの事がうらやましいよ……ローゼスさん、かっこいいし……」
「そ、そう? ……誰にだって持ってないものはあってそれは羨ましく感じるものなのね」
伸びをして、一緒に泳ごうかといって遊びに誘うローゼスと共に泳いだり水を掛け合ったりしてなんだかんだ楽しく遊ぶ陽子とローゼス。
麻布の上で寝転がっているサンゼンにアカリが一緒に遊ばなくていいのデスかとサンゼンに聞く。
「ああやって年相応に、遊ぶ時間が大事なんだ。俺は邪魔したいわけではないのでね アカリこそいってきたらどうだ?」
「イイエ、私もここで二人が危なくナイように見守ることにします。似たモノ同士デスね」
そうやって日が沈むまで、海で遊んで楽しんだのであった。